「お前さんは一万年後の世の中はどうなってると思う?」 「え?何よ突然」 「なんとなくな」 「一万年かぁ。そうだね、乱世じゃなきゃいいね」 「そうだな」 「武士も民もみんなみんな、ついでに大名連中も笑って幸せならいいんじゃね」 「そうだな」 「飢えも無くみんなで美味しいお米とか食ってさ」 「さっきの」 「はい?」 「武士も民も、と言っただろう」 「うん。言ったけど、それがどうしたの?」 「忍も、だろう」 「・・・・・・・・・・・・」 「身分なんざ関係無しに人が分け隔てなく幸せであればいいな」 「・・・やれやれだよ。全く。まったくあんたってお人は痒い事を簡単に仰る」 「何がだ?」 「・・・別に」 「?」 「だた、望んでいいのかね?俺様も、忍も幸せを、さ」 「てめぇは本当に指の先まで阿呆な野郎だな」 「はい?」 「そんなの良いに決ってる。一万年後にお前が幸せになってなかったら俺がてめぇ殴ってやるよ」 「いやいや、一万年後なんて死んでるから。普通に、それにアンタも」 「うるせぇな。一々、くじくじ言いやがって」 ○◎一万年越しの犯行声明◎○ いてぇ!茶色をもっともっと明るくしたようなよく目に付く色の髪の男は突然後頭部に感じた痛みに悲鳴を上げた。 しかしその悲鳴が誰かに届く事は無かった。何故なら今、男の居る場所は何処かの県の何処かの寂れた浜辺だっ たからだ。 男はこの度これまで生きていた二十数年の人生の中でもっとも辛い大失恋をした。それだけならこんな偏狭の浜 辺で綺麗でもなんでもない海なんか眺めてなんかいない。 彼は、目下結婚を前提として付き合っていた女性に、己が職場で担当しているプロジェクトの企画、概要に至る までを他社にリークされた挙句に彼女自身も他社から派遣された、言わば工作員だったのだ。 こんなテレビド ラマのような事が本当にあるのかと、男は己が考え貫いた企画と全く同じ代物を自分とは違う名の人間が我が物 顔で発表しているのを目の当たりにした時に、朦朧と脳内でそう思った。 人生は小説より奇なり。 いや、この場で言うならば、『小説よりも酷なり』というべきか。まだ三十年と生きていない男はある日突然崖 から、人生と言う名の崖から突き落とされた。 勿論、いえ俺が悪いんじゃないです。俺の恋人が勝手に。などという言い訳が世の中で通ずる筈など無い。 それに男にしてもそんな事を言ってカーペットの敷かれた床に這いつくばって額を擦りつけてまで、もう二度と 返ってこないであろう信用を奪還すべく働く気になどならなかった。 正直な所そんな気力など無かったのだ。よく本当に崖から飛び降りなかったものだと、本人ながらに感心する。 そうして男は早すぎる人生のリセットの為に全てを捨て、そして今この浜辺に居る。 始めは何処か遠くに行こうと思った。そして電車に揺られながら海を見たいと思った。山だと崖から飛び降りて しまいたくなるかもしれない。 海にも崖はたくさんあるが、男は溺死だけは絶対にしたくないと常々思ってい るので海際の崖を前にしても飛び降りる事はまず無い。 溺死は水分で体中がふやけ腫れあがり爛れて、そして魚 の餌になる。柔らかい所から小魚に突かれてしまうから目とかきっと初めにやられる。 それに東京湾で捕れた蝦蛄は投身自殺やら沈められた仏さんを餌にしているという、何とも気持ちの悪い都市伝 説のような物を聞いたことがある。 そんなの絶対にご遠慮したい。 ザバァーン。波が寄せる音がする度に少量の飛沫が男に降りかかる。 ザパァーン。裏切った彼女の事を思い出す。いい女だったな。 ザバァーン。あの同僚はどうしただろうか。上司と上手くやっているだろうか。 ザパァーン。ザバァーン。ザパァーン。ザバァ・・ドカっ。 ぼんやりと海を眺めながら、未練たらたらの様子でこれまでの事を思い返していると その瞬間男は後頭部をたぶん拳で殴打されたのだった。 「辛気臭い顔しやがて」 「・・・・・・・・・は?へ??」 とても場違いな格好をした男が目の前に立っていた。寂れた浜辺には浮き過ぎなほどに違和感のあるパリっとし たスーツを綺麗に着こなした、明らかに出来る。と言った感じの男だ。 「ど、どちらさまで・・・」 人生は奇なりなんてものじゃない!男は少し前に味わったような朦朧とした気分を再度味わいそうになっている。 見ず知らずの人間に知らない土地で突然暴行を受けたのだ。 俺の人生ってどれだけ狂っているんだろう。 もしかして前世とやらで余程のとんでもない事でもしたのだろうか。 「たく、てめぇは一万と経たない内からその様か」 「へ?」 「見てられるかよ。折角世の中表面的には平和ってのに」 「・・・あの」 「なんだ、魚の餌にでもなる気だったのか」 「いや、それはないけど・・・」 「相変わらず幸薄そうな面ぁしやがって。 約束より大分早いがあんまり阿呆面なんでな。予定より早く殴りに来てやったぜ」 そう一方的に話す男はよく見ずとも強面でとても堅気には見えない。そんな彼は先ほど殴打した方の左手で今度 は太陽の光でキラキラ光って見える男の髪をくしゅりと混ぜる。 波の飛沫と一緒に砂も風と舞っていたようで目の前の障害容疑の男は大きなその掌で髪に着いた砂を払ってくれた。 「ほらいくぜ」 「え、ちょっ待!」 一通り肩や髪から砂を払い落とすとヤクザさん(仮)は男の横に置いてあったカバンを持ち上げるとそのままクル リと回れ右をし歩き出してしまった。 傷害罪の次は窃盗罪か!男は慌ててヤクザさん(仮)を、いやその手にあるカバンを追いかけた。 「泊まるところは?」 「え??無いです。っていうかそれ返してくんない?」 「じゃあ一緒にこい」 「ちょっと待ってよ。人の話をちょっとは聞こうぜ!」 ヤクザさん(仮)は一向に男の声など無視して歩きつづけている。海岸も終わると車など全く停まっていない駐車 場に黒塗りの車があった。 間違いなくヤクザさん(仮)の物だろう。似合いすぎて絶対にお近づきになどなりたくない。 「おい、靴の裏、砂払ってのれよ」 「いやだからさ!今あんたしてる事軽く犯罪だぜ!」 「うるせぇな。一々、くじくじ言いやがって」 「う、うるせぇって・・・」 「お前があんまりどうしょもねぇから迎えに着てやったんだろうが」 「頼んでねぇよ。できることなら、あんたには見られたく無かったよ!」 「幸せになってないと殴るって言ったろうが」 「まだ一万年経ってねぇよーよ!」 「ぅるせぇな。猿飛の癖にキャンキャン喚くな」 「ちょ!片倉の旦那が意味わかんないこと言うからでしょ。しかも普通背後からいきなり殴るか?!」 明るい髪の猿飛と言われる男は先ほどまでしていたこの世の終わりのような表情から一変し全身から怒りを露に しながら車の助手席のドアを開け、先にシートに座ると靴を脱ぎパンパンと靴の裏を叩き合わせ砂を落とし荒々 しくドアを閉めた。 それを見届けたヤクザさん(仮)、ではなく片倉と呼ばれる男も砂を払い運転席に乗車した。 「いつ思い出した」 「・・・今さっき」 「なんなら降りてまた海でも見るか?」 「・・・・・・結構です」 「それにしても、どうしようもねぇ面だったな」 「色々あったんだよ」 「ほぅ」 「もーさ。手っ取り早くあんたが幸せにしてくんない?」 「断る」 「まじかよ。空気とか読めよ。いまそんな空気だろ」 「・・・まぁしてやらんこともない。な」 「どゆことさ」 「気が向いたらって事だ」 「え。いつ気が向くの」 「あれからきっちり一万年後ぐらいか?」 「え。っていうか今何年目だっけ」 「さぁな。そんなの覚えてねぇよ」 じゃあ、しかたねぇから今からでいいとするか。 傷害および窃盗の容疑の掛かった男はこれから人生お先真っ暗な俺様を幸せにしてくれるそうです。 おわり 一万ヒットおめでとう自分!これからもよろしくお願いします皆様。 一万ヒット記念にとりあえず書いてみた。 無駄に“一万”にこだわってみました。まるでアク○リオンです。 あながち外れてもいないですが。何気に転生物で。 それにしても不幸な佐助。萌ゆる。 2008.01.10 ブラウザバックでお戻りください。