前田慶次の暴走 「佐助ってさぁ彼女、いたんだねぇ」 あまりにも自然に吐き出された言葉に佐助はうっかり聞き逃してしまいそうになったが、その言葉の内容がどう してもツッコまざるを得ないような内容であったため佐助は呆れた様に、はぁと声を裏返した。 「なんだよ。あんた藪から棒に…」 大体、彼女ってなに。佐助は何を根拠に慶次がこのような事を言い出したのかが全くわからなかった。 「大体さ、なんでうちにいんだよ」 「いやぁ!まつ姉ちゃん怒らせちゃって!」 「またか…」 慶次とは学校が終わり校門の前で別れた筈なのだが佐助が自宅のアパートにたどり着いてほんの数分立たないう ちに図々しくもいきなり尋ねてきて着たかと思えば上がり込んできたのだ。 佐助からすれば何故こう毎回叔父夫婦を怒らせるような事を慶次がするのか不思議で仕方が無いのだがそれを本 人聞いてみたところでどうにもならいことがわかっているので佐助は溜息とそんな疑問のような文句のようなも のを麦茶で喉の奥に流し込んだ。 「で、なんで彼女とか言ったの。おれ彼女いないんだけど」 と言うかいるのは彼氏なんですけどね。佐助は胸の中だけでこう続けた。 そう佐助には彼氏ならいるのである。しかも己と慶次の担任教師である片倉小十郎という男前だ。そういえばこ の男は俺たちの事を知らなかったのだなと佐助は今更のようにああだからか。と思う。 慶次以外の友人である、幸村、政宗、元親は佐助と片倉の関係を知っている。とうか成り行きでいつの間にかそ れが当り前になってしまった。 しかし慶次は知らないのだ。友人達にとって今更あたり前の事など話題には出さないし佐助自身も別に人に教え る必要は全く無いと思っている。 「佐助のさぁ彼女って可愛い子なんだろうなぁ」 「はぁ?人の話聞いてないでしょ!?だからいないって」 「いやいや照れなくってもいいよ!それにバレバレだって!」 「どこが」 「こんだけ部屋中に可愛い小物ばっかりあったら誰だって気付くって!」 その可愛い小物は全部三十路前のオッサン予備軍の宇宙人が買ってくるんですが。佐助はそう叫びたい衝動に駆 られたがまさか自身で墓穴を掘る訳にも行かずに、はぁとまた曖昧に返す。 「あの髪飾り?っていうのかなあんなのとかわざと置いて帰ったりいじらしぃねぇ」 「…どこが」 「だって自分がいないときでも私の事思い出してね。って言ってるみたいだしさ! あともし他の女の子とか遊びに来たときにさ『この人は私の物です』って主張してんだろ?!可愛いねぇ」 「………」 いやいやだからそのアンタの想像上の俺様の彼女って片倉さんの事なわけですよ!! そんなのありえないだろう。もし万が一にでも片倉がそう言った思惑であんな可愛らしいものを買ってきている のだとしたらそんなの薄ら寒い事この上ない。薄ら寒いなんてレベルでもないと思う。 そう慶次の言う『私』イコォル片倉として考えてしまった佐助は薄ら寒いと思いつつも若干赤みをました頬を擦 りながら、彼女なんていない。ともう一度否定した。 「赤くなっちゃって!その彼女ってさぁ料理もできるんだろ?うらやましいねぇ」 「…は?何で料理?」 何を根拠にそんな事を言っているのだ。佐助が慶次の言葉を訝しげにしながら今度もアンタの妄想かと眉間に皺 を寄せる。 「だってーあそこ可愛いフリフリのエプロンが。あれ彼女のエプロン?」 いやあれは俺様のです。 そんな事いえるはずもなく佐助はすっかり項垂れながらはいはい、と適当に言葉を返す。げんなりする。慶次曰 くの『彼女のエプロン』を着ているのは己でそれを着てはせっせと慶次曰く『佐助の彼女』である片倉に食事や お菓子の類を作ってやっているなんて。佐助はその事実に思わず目頭が熱くなる。その間にも慶次は部屋のあち こちをきょろきょろと見渡しながら、きっと大人のお姉さん系ってよりも可愛い系なのかな。などと勝手に妄想 を膨らませては笑顔に花を咲かせている。 そりゃ俺様だって可愛い彼女とか欲しかったよ。可愛いエプロンとか着てご飯作ってもらって、美味しい?とか 聞かれてそれにうんと頷きたかったよ。しかし実際にそれをしているのが己自身であると言う事に佐助は軽く絶 望を覚える。片倉は自宅では政宗のために積極的に家事などに取り組んでいるようだが一度佐助の部屋に足を踏 み入れると何にもしなくなる。手伝いなどは自主的にはしてくれるが基本的に片倉は佐助が何か作ってくるのを 座って待っているのだ。前に片倉に代わりに作ってよと尋ねた時、即座に嫌だと拒否されてしまった事がある。 それ以来よっぽどのことがない限り佐助がフリフリのエプロンを着て狭い台所で料理をする事になっているのだ。 「佐助は彼女さんのどんなとこが好きなの?」 「はぁ…だぁかぁら、いないって言ってんでしょ」 「男のツンデレなんて流行んないよ」 なんでアンタにツンデレなければならんのだ!佐助はとうとう痺れを切らと、今日は泊まる気なのかと尋ねた。 邪険にするようで申し訳ない気もしなくは無いがあまりに根も葉もない事をずっと言われたのではたまったもの では無い。佐助は顔を引きつらせ無理やり笑顔を作った。 「あ!もしかして彼女今日来ちゃうの?じゃあ俺は邪魔者だね」 「違うから」 「そうかそうか。じゃあ今日は元親の家にでも行こうかな!」 ならば最初から元親の家に行っていろ。佐助は最早頭を抱えながらそう地を這うような低い声で慶次に聞こえな いように呟く。こんな風だから幸村に毛嫌いされるのだこの男は。 そんな佐助を尻目にすくりと立ち上がった慶次はもう一度部屋を見渡し最後に、やっぱり可愛い部屋だな!パス テルカラーが溢れてる。と佐助にとって少しも褒め言葉じゃないような言葉を残してくるりと向きをかえ玄関へ 向ってゆく。佐助はそれの後に続きながら肩を大きく落す。なんだか酷く疲れた気がする。 「じゃあお茶ごちそうさま!」 「…彼女とかさほんと居ないからさあんまり言いふらさないでよ?」 「俺はそんなに野暮じゃないよ!!」 そう言い手を振りながら扉を閉めた慶次に佐助は片手を軽く上げながら扉が完全に閉まったと同時に盛大な溜息 を吐いた。普段片倉に対しての溜息とは比べ物にならないほどの大きな溜息だ。 それからくるりと振り返り己の部屋を客観的に眺めてみる。 佐助の部屋は慶次の言ったようにパステルの水玉模様やハート柄や可愛らしい物にすっかり汚染されていた。 「いやぁ、佐助も素直じゃねいねぇ」 慶次はにこにこと満足げに微笑みながらアパートの階段をゆっくりと下りてゆく。 早く帰れと暗に言うのは慶次に見せたくないほどその彼女の事が好きなのだろうと慶次は勝手に豊かな桃色の想 像力働かせながらまるで自分の事のように嬉しそうに微笑む。慶次は悪い奴ではないのではあるがこと、恋愛系 の話題になるとどうしても暴走してしまうためにたまに煙たがれてしまうのだ。しかし本人は少しも気にしてお らずあくまでもマイペースなところが彼の長所であり短所なのだろう。 いまだうきうきと佐助とその彼女の事を考えていた慶次は階段を全ておりきったところで反対側から歩いてくる 人物とうっかり肩をぶつけてしまった。 「あっごねんよって…!あれ?」 ぶつかってしまい直ぐに謝りながら相手の顔を見ると慶次は驚きで思わずその人物に指をさしてしまった。 ぶつかられた方も驚いたのか少し目を見開きながら、おまえ…と小さく呟いている。 そのぶつかった人物とは 「あれ?片倉先生じゃん!どうしたの?」 慶次曰く佐助の『彼女』の片倉小十郎だった。 「…前田、挨拶ぐらいはしろ、あと指をさすな」 あぁごめんごめん。と少しも悪びれる様子のない慶次はそのまま笑いながらこんばんわぁとなんとも間の抜けた 挨拶をする。 「それにしても先生なんでこんなとこにいるんだい?」 「…………………か」 「か?」 「家庭訪問だ」 「家庭訪問?ああ佐助の家に?やっぱり一人暮らしとかしてると普通よりも気にかけるもんなの?」 さぁな、と珍しく視線を泳がせた片倉に慶次は気付く事無くそうか先生って大変だね。と何時もの調子で笑う。 それに片倉はまぁななどと適当に返事をしながらお前は何をしていたんだ。ともうすぐ夕方七時を回ろうとする 腕時計を見ながら尋ねる。 「佐助んちの遊びに来てたんだ!それよりさ先生佐助の部屋見たことある?」 「……何故だ」 何か佐助の部屋に目新しいものなどあったかと今朝の風景を思い出しながらもそれを少しも表に出す事無く片倉 は首を傾げてみせる。 「佐助の部屋すんごく可愛いんだよ先生!」 「ほう」 「彼女の小物がいっぱいなんだ!」 「……」 佐助に己はそんな野暮な男ではないと言いつつもそれが三十分持たない慶次はとてもおめでたい人間である。 「先生?」 「…ああ、そうなのか。それより前田」 「へ?」 「あまりふらふらなんざせずとっとと家に帰れ。じゃねぇと家に連絡いれるぞ」 「いや!それはちょっと勘弁!!じゃ!先生そういうことでさよなら!!!」 眉間に皺を寄せ睨みをきかせる片倉の家に連絡を入れるという一言に怖気づいたのか慶次は挨拶をそこそこに勢 いよく走り出すとそのまま振り返る事無くもの凄い勢いで駆けて行った。 「…なんだありゃ」 がちゃりとドアノブが回され玄関の扉が開く音がした。 「よう」 「…出たな。腐海の現況」 「あ?なにボケた事言ってんだ」 それよりもと部屋の入り口のところで威嚇している佐助を余所の部屋をぐるりを見渡した片倉は不思議そうに首 を傾げる。何にもねぇじゃねぇか。 「何が?」 「『彼女の小物』」 「ぶっ!」 「いつもと何にもかわらんな」 「…彼女の小物ってなぁに?」 「前田がさっき下で言ってた」 「あんの野郎…」 「お、そうだ猿飛これ」 そんなことよりもと片倉は鞄の中を探りあるものを取り出した。それは一見普通の鍋つかみのように見えるのだ がそれがいったいどうしたのだろうと佐助が怪訝な顔をすると片倉はそれを右手にはめ 「顔がついてる」 どこか面白げに言いながら手を握ったり開いたりする片倉に佐助は溜息を吐く。ほかにもいろんなものに顔がつ いてたなどと言う片倉は鍋つかみをはめたままの手でで今度は顔のついたスポンジを取り出した。 ほら、と佐助にスポンジを渡す片倉の顔とそのスポンジの顔と鍋つかみの顔を見比べた佐助は疲れたように、顔 がついてるから大事に使わないとね。と肩を落としながら言った。 佐助のうちにまた新しく『彼女のかわいい小物』が増えた瞬間であった。 おわり はい。慶次編です。私の中の慶次は幸村に次ぐアホの子です。 そんな慶次が最近好きです。 あと個人的にこの話の先生がちょっとお気に入りです。 2008.10.05 ブラウザバックでお戻りください