○◎拳の数だけ愛してる◎○







何だかんだで武田と伊達が同盟を組んだ。

これまで偵察という名目でこっそりと奥州に出入りしていた佐助は今度は堂々と書状やら何やらを持って奥州に出入りしている。
そしていつもならば天井裏で蜘蛛の巣などを被りながら暗い場所でじっと聞き耳を立ててのが今は公式な目通りなので城の一室に丁重に案内などされている。
まさか佐助はいつも天井裏から見下ろしていた畳の上に座る事になるなどとついぞ思っても居なかった。
戦国の世というものはどんな事があるかわからねぇな。佐助はしみじみといつもとは逆に天井を見上げ思う。

「いつもいる天井裏が恋しいか」

思わず目の前に人が居るのを忘れ考えに浸っていた佐助は不意にかけられた声に、へ。と間抜けな声を上げた。

「あ。うんまぁ。ってそんなこと言わさないでくれる?」
「いつぞや、お前さんを見つけた時、その頭が蜘蛛の糸だらけで笑いを堪えるのに苦労した」
「あのね。忍び込んでる敵見つけて笑いそうになるの止めてくれる。大体綺麗にしといてよ天井裏くらい」

佐助の目の前にいるのは政宗の右目である片倉小十郎だった。
佐助が書状を持ってきたのを政宗が席を外していた事もあり小十郎が佐助を迎えた。書状をよこると予め伝えていたのにも関わらず政宗が居ない事に佐助は少し不思議に感じたがまぁいいや。と思うことにした。佐助は政宗が少し苦手なのである。

「ところで。あんたんとこの大将は?」
「・・・・・・・今朝早くに」
「に?に、何さ」
「・・・・上田に脱走した」

なんの気何に佐助は城主の居所を聞いてみる。それもこれもきっと佐助が帰るとおのれの主が政宗の事を色々聞きたがるのが目に見えていたからだ。
佐助の主である幸村は政宗のことを好敵手と思っている一方で幸村に無いものを持っている政宗に対して幾分かの憧れを抱いているらしい。だから少しでも追いつこうと幸村は政宗の事なんだも知りたがったのだ。
それがあるから佐助も政宗のことを聞いたというのに、よりによって目の前の男は苦々しい顔をしながら、脱走した。と言ったのだ。

「だっそう」
「・・・ああ」

あまり理解したい内容でないために佐助は奇跡を信じて聞き返してみると、小十郎は大きく息を吐き出しながら眉間のあたりに掌を押し付ける。
胃が痛そうだ。佐助は思わず客観的に小十郎を見てしまう。おのれもそこそこに主に苦労させられているほうではあるが目の前の男も相当な物だろう。

「でも上田なんだろ。じゃあ・・・・よくねぇな」

佐助は少しでも小十郎が元気付くように前向きなフォローを入れようとしたけれど少しもそんなことができる要素なんて無かった。


「うん。最悪だ」
「だろう」
「あー俺様今、上田に帰りたくねぇな」

絶対に色んなところが破壊されているだろう。
佐助は遠い目をしながら暫く奥州にいようかしら、とできもしないことを思わず呟いた。

「・・・居ればいい」

すると佐助のそんな一言を聞いたように小十郎がぽつりと小声で何かを呟いた。

「へ?」

なんと言った。と佐助は焦点を小十郎に合わし首を傾げた。

「だから、ここに居ればいい。俺は構わん」
「いや、構うだろ。実際問題。それに俺は困るよ」

そう佐助は思わず真顔で答えてしまった。それに小十郎は、そうか。と短く言い。ならばいい。と顔をそらしてしまう。
それに佐助は、あちゃー心の中で額を押さえた。小十郎が拗ねてしまった。

実を言うと同盟を結ぶほんの少し前から佐助と小十郎はただならぬ関係であった。

ただならぬ。と言えば何か不気味さを感じるが、実際はそうではなくただ単に「お互いに恋愛感情かどうかも曖昧なまま敵国同士なのにも関わらず肉体関係がある」という端的に言うならば爛れた関係だった。
佐助も小十郎も互いにほんのりと恋愛感情のような物がありはするんのだがその感情よりもお互いに主への気持ちの方が強いが為にそのことを互いに口にはしないのだ。
半ば暗黙の了解のようになったそれは、何だかんだで結構じれったい物がある。

佐助は職業柄そういった己の感情を殺すのになれているためそこまで苦にはしてはいない。それに会いたくなればもっぱら佐助が奥州に通う形になっているので自らが時間を作り会いに行けばよい。
しかし、小十郎の方は佐助と違い感情を誤魔化すのがあまり得意ではない。思いのたけを常に激しく周りにぶつける主に似て小十郎も我慢という物が得意ではないのだ。それに小十郎は佐助がくるのをただただ待たなければならない。

そっぽを向いてしまった小十郎に佐助は、やれやれと思う。がそこまで悪い気はしない。普段誰よりも大人に見えるこの顔の怖い男が佐助の目の前にいるときにこんな幸村や政宗がしそうな事をするなんて。佐助は少し優越感のような物を感じる。
じぃっと逸らした横顔を佐助が眺めていると不意にそっぽを向いていた本人がすくりと立ち上がった。

「あれ。どうかした?旦那」

不意に立ち上がった小十郎を佐助は見上げる。並んで立っている状態でもやや見上げなければならないほど小十郎は長身だ。それが座った状態で居る佐助には殊更大きく感じられ、他人事のようにデケェな、などと感想を心の中で呟く。
小十郎が佐助の方へ一歩足を踏み出した。元々そう離れて座っていなかったので一歩踏み出すだけで簡単に小十郎は佐助の傍まできた。
そして間近まで着た小十郎を殆ど首を真上に逸らすくらいにして見上げた佐助はパチリと小十郎と目が合った。


その次の瞬間。佐助は小十郎に踏みつけられた。


踏みつけられた瞬間、佐助は何が起きたかわからなかった。そしてもし佐助が身構える事ができていたならきっと避ける事ができたのであろうがあまりにも小十郎の行動が突然過ぎて佐助は無抵抗に踏みつけられた。
そして一度踏みつけた後に、また数回小十郎は佐助に蹴りを入れる。それが第一撃の時もそうだったがとても冗談とは言えない重さのある蹴りだったのだ。

「ぐぁ」

佐助の口からまるで潰れる瞬間の蛙が出しそうな声がでる。一度油断してしまったばかりに小十郎の繰り出す容赦ない蹴りに佐助は不覚にも受身も取れない。
一頻り佐助を足蹴にするとヒクヒクを足の先やらを震わせうつ伏せている佐助を引っ張り起こした。

「起きろ」
「・・・ぅうう」

佐助は本当に痛いらしく返事らしい返事ができない。引っ張り上げ佐助の胸倉を掴んだ小十郎は少し身を屈め佐助の苦しさに歪んだ顔を己の近くに寄せた。

「・・・・・・っと。なん、のつもり、か・・聞いていぃ?」
「黙れ」

「・・っ!?」

そして、パン。と乾いた音が部屋に響く。佐助は思わず身に起きた事も理解できないまま驚きに目を見開き間近にある小十郎の顔を凝視した。

小十郎が佐助の頬を平手で打ったのだ。

一瞬驚きに固まってしまった佐助は頬に走るチリチリとた痛みようやく我に帰った。
蹴られた痛みに未だ振るえる腕を上げ痛みの走る方の頬を手を押さえる。そこは酷く熱を持っていた。そして口の中にじんわりと鉄の味が広がる。

「随分と間抜けな面だな」
「・・・・・・」

そう言いながら小十郎は口の端も切れたのだろう血の滲む佐助の唇の端を優しく指で擦るように拭った。

「っ!」
「痛ぇか?」
「・・・てぇよ。あちこちね」

佐助は大分緩和され始めた痛みを耐えながら小十郎の顔を思い切り睨みつける。そして佐助の胸倉を掴む小十郎の腕を掴みこれでもかというほどに力を入れた。
あまりの力に小十郎も軽く舌打ちをしながら眉を寄せる。しかしそれも一瞬で小十郎は口角を持ち上げさも楽しそうな顔し開いてる方の手で佐助の顎を持ち上げる。

そしてそのまま小十郎は唇の端に血を滲ました佐助のそれに強引に口付けた。
小十郎のその動きに佐助は逃れるように身を激しく捩り、身勝手に舌を口内に差し込んできた小十郎のそれを噛み切ってやろうとしたが顎を掴んでいたほうの手で佐助の顎を固定し動かなくしてしまう。

「・・・ん。っん。ぅむっ・・・ん・・・」


小十郎の舌は佐助の上顎、歯列、そして先ほど切れた口内の傷。いたるところを舌で犯すように貪る。そして佐助の意思を完全に無視し口内をこれでもかというほど蹂躙すると小十郎は簡単に口を離した。
はぁはぁと佐助は思わず上がった息を悔しそうに吐きながら、それでも視線で人を殺せそうなほどの殺気を込めて小十郎の目をねめつける。
すると小十郎はその目を見て、あまりにも今の現状と似つかわしく無いような柔らかい笑みを浮かべ、己を睨みつける男の目元に口付けを寄越した。


「人が折角、同盟後ようやく落ち着いたから誘ってんのにそう無碍にするな」

そう言いながら掴んだ胸倉を解くと佐助の腰に手を回した。

「・・・・・・・・あ、あんたまさか。それでもしかして・・・・」
「あ?あまり俺をむかつかせるなよ」
「へ?・・・それって」

佐助は目を白黒させながら自分の何気ない一言が災いしてこんな酷い仕打ちを受けたのだと思い至るといっそ死んでしまいたいような気分になった。
お互いに一夜だけこっそり会って直ぐに別れるという密会の仕方だったため、まさか小十郎がこうも直情的な暴力に走る男など佐助は微塵も思っていなかった。
気を動転させながら佐助は小十郎の顔をチラリと窺うと別段怒っている様子には見えない。

「・・・・・・怒ったの?」
「さぁな。それより。痛いか?」
「痛ぇよ!!!体中ね!!」
「そうか。ならもう無理するな一晩ここに泊まればいい」

小十郎はそうしろ。もう今日は帰さんからな。と不敵に言い放つと佐助の明るい色の髪をくしゃくしゃと混ぜた。

「勘弁してくれ」

佐助はボソリと呟いた。とんだ者を好いてしまったようだ。
一番大人らしいと踏んでいた男はもしかしら一番子供なのかもしれない。佐助は頭を撫でられながらこっそり溜息を吐いた。
同盟を結んで奥州でしばらくは血を流さずに済むと思っていたのにまさか想い人から暴行を受けて流血するなどとは微塵も思わなかった。


「今度からさ、手加減してくれよ。じゃないともう来ないぜ」
「手加減しただろう。得物は使ってない」
「・・・・さいですか」



佐助は好きになる人を間違ってしまったかもしれない。ではなく間違ったと確信した。











おわっとけ



『無礼千万』の黒葉さんに相互記念に交換という形で書いたものです。
テーマを「清く正しい愛ある明るいVD」(だったかな?)としてドS小十郎の
コジュサスSSです。DVになっているのか・・・
小十郎がただの酷い人な気がしてなりませんが・・・うふふ。

黒葉さんのみお持ち帰り品です。