片倉小十郎はいつもと変わらぬ朝に落胆していた。
カーテンの隙間から温かな陽射しが差し込む朝。まどろみおぼろげな思考の中、今日こそはと手探りで探るぬく
もりはやはり存在せず。
どうしてあいつは毎朝知らぬ内に自分の腕から抜け出してしまうのだろうか。そんな自問も毎朝のことで。今日
も今日とて溜息から始まる憂鬱な朝であった。



身支度が終わり、台所に向かえば、おはよう、と寝起きに探したあいつがちらりと振り返りながら言った。それ
に同じように返すと、漂う朝餉の匂いに惹かれるように、そして毎朝の習慣と言うべきか。真っ先に彼女に近寄
った。
それは最初こそ、こいつは跳びはねて驚いたが、人間気になるものは気になるもので。そしてそれが日常化して
しまうと、逆にやらない方が気持ち悪くてしょうがない。
その習慣、毎朝の下着のチェックは自分のその日一日のモチベーションを左右する大事な習慣なのだ。
そして、今日も下着を確認しようと、下半身に手をかけようとした時だった。こいつが着ている服に少しだけ迷
った。
形状はスカートであり、それは好都合である。ズボンとは違い捲るだけで確認出来る。しかし、問題は素材だ。
デニムで非常に丈の短い、ぴったりとしたスカートなのだ。というか、こいつはなんというものを履いているの
だ。こんな短いスカートを履いて外に出るつもりなのか。こんなスカート履いて外に出たら、そこら辺を歩く奴
らが振り向くのではないか。こいつの脚に注目するのではないか。色々な思いが一瞬にして頭を過ぎったが、そ
れは全て後で諌めるとして、今は目下のことだ。これでは素材が硬くて上手く捲れない。プリーツが沢山あるよ
うなスカートだったら簡単だが、これでは無理だ。寧ろしゃがんで覗いた方が早いとも思ったが、それはなんだ
か人間として、男として保たねばならない何かを捨てるような気がした。ならば、ズボンと同じように上から引
っ張って覗き込むか。いや、しかし、折角のスカートなのだ。出来れば捲りたい。丈は本当に下着が見えるか見
えないかという微妙な線までいっているのに、捲れないとは何事だ。
さてどうしたもんか。
彼女の後ろで思い悩んでいるも、当の本人は素知らぬ顔で朝食の用意をしている。きゅうりのとげまで一々包丁
で取り去る彼女の料理への完璧主義と愛情と配慮は他に自慢してもよいくらいなのだが、その愛情と配慮の少し
くらいは自分にも向いてくれやしないだろうか。例えば、朝、一緒に起きるとか、捲りやすいスカートにしてや
るとか。
そんな不満を思いながら、ぴん、とスカートの裾を引っ張ってみる。多少は捲れて、僅かに見えた箇所から色は
桃色だとわかった。しかし、もしかしたら柄とか模様があったりするかもしれない。そうなるとやはり全体的に
見たい。もしかしたら、なんて思いを抱えたまま会社に行っても一日中もやもやするだけだ。
スカートの裾をつまんだまま、どうしたもんかとその場に立ち尽くしていると、目の前の彼女がひとつ溜息をつ
いた。

「あのさ、非っ常にやりづらいんですけど」
「俺も非常に捲りづらいのだが」
「じゃあ捲るなよ…」

呆れたようにそう言い放った佐助に、俺は考えていた。
捲るなよ、と言われても、俺はこれをしなきゃ一日が始まらないのだ。一日のやる気が違うのだ。やらなければ
気持ち悪くてしょうがないのだ。寧ろ、お前は、朝、歯を磨かないでいられるのか、と聞いてみたい。それくら
い、俺にとっては大事なことなのだ。
気付くと佐助は料理を続行していた。その何食わない態度に少しだけ苛つき、俺はぐっとスカートを無理矢理あ
げてみた。

「やめろよ、伸びるだろ」

スカートを掴む俺の手を軽く叩くと、佐助はあろうことか、両足を大きく横に開いた。わざとだろう。足を開い
たお陰で、スカートがぴんと張ってしまい、更に捲り辛くなってしまった。

「佐助、足閉じろ」
「嫌ですよー」

奴の太股を軽く叩いて、閉じるよう促してみたり、無理矢理閉じようと試みてみたが、逆に力を入れられてしま
って無駄であった。

「佐助」

足を開いたまま何も言わなくなった佐助。とんとん、ときゅうりを切る音だけがリズミカルに聞こえる。
どうしてこの妻はこんなにも素直ではないのだ。毎朝同じことをしているのだから、今更、捲られることが嫌と
いうわけではないだろうに。寧ろこいつも、俺が突然確認をやめたら気になるに違いないだろうに。
妻の性格はあらかた理解しているつもりだが、この捻くれ方はどうにも理解できない。

「佐助!」
「やーでーすーよー」

最早意地であった。どうにかして見てやりたい。どうにかして捲ってやりたい。
朝、起きた瞬間から受けた落胆のせいか、それともこの素直ではない妻に苛ついてか。冷静な判断が下せないく
らいには、頭に血が上っていたのかもしれない。
俺は、自分でも唖然とするほどの暴挙に出た。



とんとん、とリズミカルに奏でられていた包丁の音が止み、目の前の妻が呆然と自分を見つめる。握りしめられ
た包丁ときゅうりがその場にあまりに似つかないような気がする、などと自分自身も目の前の光景から逃避して
いた。

「な、何やってんの…あんた」

青ざめ、わなわなと唇を震わせ、裏返った声でそう呟くものだから、俺は一言、すまん、と謝った。

「そんな謝り方で済む訳ないでしょうが!」

途端喚き散らす佐助。その格好は、スカートが逆さに…本来ならば腰から下にかけてあるはずのスカートが、腰
から上に、デニムという固い生地が災いしたか、まるで重力に逆らったかのようにあるものだから、スラリと伸
びた足は勿論、下半身が丸々露になっていた。何故こんな姿になっているかといえば、紛れも無く今、自分がや
ったのだ。何も考えずに、スカートの両端を掴み、勢い良く捲った。

「本当にすまない…」
「変態!エロ親父!あぁもう!ここまで馬鹿な変態だとは思わなかった!」

わぁわぁと喚く佐助は、先程の青白さから一変して、顔を赤く染めながら阿呆だの馬鹿だの変態だの、些か可愛
くない暴言を吐き続けていた。それが羞恥によるものなのか、唯単に自分に激昂しているだけなのか、それとも
そのどちらもなのか判別はつかなかったが、その必死な姿は可愛いと思った。この素直ではなく、男勝りな性格
のこの妻が、こんな顔を赤くして喚く姿は珍しい。非常に珍しい。

「馬鹿馬鹿馬鹿!変態!色ボケ変態親父!」

そんな愛らしい妻を見て、思わず笑ってしまうと、彼女は更に暴言を吐いた。

「悪かった悪かった」

息も切れ切れに喚く彼女は、スカートを元に戻すということを忘れているのかもしれない。その証拠に相も変わ
らず包丁ときゅうりが両手にしかと握りしめられていた。そんな彼女のスカートを、俺はそっと戻してやろうと
すると、ぎゃ、と一段低い悲鳴を発し、包丁を握りしめていた右手を上げた。

「危ねぇだろうが!」
「この変態!まだ何かする気か!」
「違う!元に戻そうとしただけだ!」

言いながら、そっと元通りにスカートの位置を戻すと、彼女はふん、と鼻を鳴らした。

「もう嫌い。変態親父なんか大嫌い」

いつもなら俺がひったくる筈の包丁を、今日は彼女が俺に押し付けると、そのままリビングのソファーに寝転ん
でしまった。あぁ、これは朝から機嫌を最悪にまで損ねてしまったようだ。
しかし俺は、しっかりと臨めた下着と、思いがけない妻の可愛らしい一面に、朝の憂鬱な気分も何もかもどこか
に消え去ってしまった。

俺は一度包丁を置き、茶を煎れると、彼女の前に持っていき、そのまま俯せになる彼女の頭を一撫でしてから朝
食作りを再開した。


おわり



*****
なんかもう色々すみませんでした。
そして遅くなりましたがありがとうございました!
イラストはいつまで宝物ですっ!



haloのいらん感想

ちょっと旦那様ぁああああ!!!(大興奮)
かずさんから頂いた新婚さんですよ!いらっしゃぁあああい!!!
素敵過ぎる!!あああん!かずさん大好きです!
もう小十郎も佐助もやばいくらい可愛いんですけどっ!ハァハァ

もうもうっ!本当にありがとうございました!!






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