雲 間 に 星 あ い



 視界に広がる天気は、一面の曇り空。雨が降り出す気配はないが、晴れているとは世辞にも言い難い。至極微妙なところだ。

 目の前には、先週の大雨で水かさを増した川がごうごうと流れている。
 今日は一年に一度、二人を分かつ天の川に橋が架けられることになっているのだが。

(来ねェか)

 さっきから結構な間、小十郎はここに立っていた。ここに居れば、約束の時分には織姫が橋を渡って会いに来ると、小十郎の主が言っていたからだ。
 しかし待てども待てども、目の前の天の川の水かさが引く様子も、橋を渡す遣いであるかささぎが来る様子もない。どういうことだろうか、と思いつつも、手段がないのならどうすることも出来ない。この荒れる川の中に片足を突っ込む想像をするだけでもげんなりとする小十郎の頭に、妻に会う為にこの川を泳いで渡るという情熱的な考えは当然の如く起こらなかった。そもそも小十郎は泳げなかった。
 小十郎は一つだけため息を吐くと、くるりと後ろを向いた。
 会えないのは残念な気もするが、主達の気が向かないならそれも仕方ないのだろう。
 今日の分の仕事は全て終えてしまっている。
 じゃあ今夜は何をしよう、と歩き出した小十郎の背を、突如物凄い衝撃が襲った。
 目の前が一瞬白くなり、そのまま前に倒れ込む。湿った草の匂いが鼻をついた。
 とっさに受け身を取ったので、顔や腹部は大丈夫だったが、背後からしたたかに打ち付けられた背骨がずきずきと痛んだ。
 身体を反転させれば、そのまま馬乗りに乗り上げられる。重い。が、その重みには覚えがあった。そしてそれは、見慣れないひらひらとした服を着ていた。
 視界に入ったその姿に、小十郎は地獄の閻魔も縮み上がるくらいのドスの利いた声を出した。

「…何しやがる」
「もー片倉さん諦め早すぎ」

 けらけらと笑うその男は小十郎が先程まで待っていた人物でもあり、自身の妻でもある佐助だった。普通の人なら逃げ出すであろう声色だって、もちろん佐助には効くはずもなく小十郎を少し苛立たせたが、今は佐助が突然に現われたことへの驚きの方が勝っていた。
 一体、どうやって来たのか。
 相変わらず川はごうごうと流れているし、橋がかかった様子もない。見慣れない佐助のひらひらとした服は、勿論のこと濡れてはいなかった。

「お前、どうした」
「どうしたもこうしたも。愛しの旦那さまに会いに来たってのにつれないね。諦めも早いしさァ」
「そうじゃねェ。どうやって来たかっつってんだ」
「ああ、そっちか。この子で、飛んできたんだ」
「飛んで来たのか」
「忍のやることさなんでもありだよ」
「…そうか」

 妻は、時によくわからないことを口走る。とにかく飛んで来たというのだからそういうことなのだろう。佐助の腕には、黒い、大きな鳥が誇らしげに羽を広げ胸を膨らませている。

「鴉か」
「ああ、かささぎだとさ、白くて目立つでしょう」
「そうなのか」
「悪い事してるとは思ってないけど、一応ね? …橋もさぁ。この位なら掛かっても良さそうだけど。大将も竜の旦那も、このこと忘れてるんじゃない」

 竜の旦那は業とやってそうだけどねー…という恨み言は敢えて聞き流した。

 こうやって二人が会えなくなってしまったのは、少し前の話だ。
 佐助とは随分と長い付き合いになる。それはプライベートな意味も含めてだが、二人は先日漸く結婚したのだった。しかし、それから間もなく二人が結婚したことで、仕事に支障が出るのではないか、と。そう言いだした主の命で、こちら側と向こう側を引き裂くように天の川は掛けられたのだった。
 しかし、小十郎も佐助も全く仕事をサボった様子もなく、それは全くの濡れ衣だった。そもそも、結婚をしたからといって小十郎が仕事を疎かにする筈がない。そして、なんだかんだで小十郎の妻である佐助も仕事はちゃんとこなす方だ。おそらく、何処かで聞いたのだか読んだ噺を面白がった主がその場のノリで作った決まりなのだ。こちらとしては良い迷惑だ。付き合っていた期間が長過ぎたためあまり感慨はなかったものの、二人は一応、新婚なのだ。
 しかし、気紛れな主の言う事に従うのも何時ものことなので、そのうち飽きるだろうと踏んでいたのだが、まさか忘れられるとは思っていなかった。
 さすがにこれは一度進言した方が良いだろうかということを考えている間に、佐助の掌がおもむろに袷に差し込まれていた。
 顔を上げればしっかりと目が合い、色素の薄い茶の瞳がにぃと細められた。

「オイ」
「ん?」
「何しやがる」
「何って、久方振りに会った恋人、あ、夫婦か、のやることっつったらひとつしかないでしょーがよ」
「がっつくな、阿呆」
「ええ、だって仕方なくね? こんなに気持ちいいんだしさ」

 佐助の視線が動くのにつられて辺りをぐるりと見渡す。先週の梅雨明けと同時に今年の夏は漸く産声を上げた。そして今日は特に暑い。けれど、さあ、と川の辺りから吹き込む風は、確かに心地良かった。
 黙り込んだ小十郎にたたみかけるように佐助は、それに、と続ける。


「今日は遠くまで雲が掛かってるから、きっと何してもわかんないよ」


 ――そう言いながら、へら、と脳天気に笑うその姿が、あまりにも間抜けで幸せそうに見えたので、思わずこちらも苦笑してしまう。まあ、今晩くらいはいいだろう。なにはともあれ、折角会えたのだから。
 小十郎は、阿呆、と悪態を吐きながらも、緩んだままのそこへゆっくりと唇を重ねた。



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多分この二人は一年に一回の逢瀬とかきっとそんなんじゃないです。
だってhaloさんのトップ絵のこじゅが「また来たのか」みたいな顔してたので・・・絶対すごい気軽に行き来してるよ佐助!ww
お粗末さまでした!



haloのいらん感想

   私も結構頻繁に会ってると思いますwwww
   っていうかあのトップ絵にこんな素敵なお話がつくなんて!!嬉しすぎです!イズミさんありがとうござます!
   わぁああ嬉しいな!織姫佐助はが小十郎に襲い掛かるのが萌えだと思いますwww

   イズミさん本当にありがとうございます!!何かお返し考えないと!!