◎○ 自覚の無い人 ○◎




「今日、お前さ合計何回呼ばれたと思う?」


学校の帰り道に佐助は元親にそう問われた。


「なんだよお前、一々数えてやがったのか?」
「・・・元親殿も暇でござる」

元親の言葉に聞かれた佐助よりも先に入学してからずっと仲の良い幸村と政宗が反応した。彼らは二年に進級
したときにクラスが分かれてしまいそれでも昼休みには一緒に昼食を取るし、帰りも一緒に帰っている。

「だってよーお前らは同じクラスじゃないからわかんねぇだろうけど尋常じゃないんだって!!
  あれは絶対嫌がらせだぜ」
「しかし、あのお方はその様な事をする人ではないだろう・・・なぁ政宗殿」
「んー俺の知る限りじゃそんな事するやつじゃないぜ?」
「でもよぉ一日で十五回以上だぜ?これはふつうじゃないだろ。あきらかに」

その数字を聞くと流石に幸村も政宗も思わず、むぅうと苦い顔をしてみせる。 

「・・・・・・あーオレサマ今その話題聞きたくないんですけどねぇ」

先ほどまで会話に参加することのなかった話題の元である佐助が重々しく口を開いた。




事の始まりは四人が二年生に進級しそろそろ梅雨に入るだろうかという時期の出来事である。

「猿飛、廊下に雨が振り込んで濡れてるから後で拭いておけ」

たしか、これが一番最初だったような気がする。

そう佐助に指示を寄越したのは二年になって佐助と元親のクラス担任になった片倉小十郎であった。この片倉は
政宗の実家である伊達家と縁が深いらしく家庭事情の色々複雑な政宗と同居をしているらしい。見た目は
良い言い方をすると中々迫力があり男前だ。しかし悪く言えばとても堅気には見えないほどの人相の持ち主で
生徒曰く片倉先生は怒っても怖いが怒っていないときも充分怖い。だそうだ。そんな片倉小十郎がどうしたかと
いうと、結果から言ってしまえば佐助への贔屓が凄いのだ。

この場合『贔屓』と言って良いのかは微妙な所なのだが。

廊下を拭けと言われた佐助は元々お人よしで、しかも担任からの指示でもあったため旦那が滑っちゃ大変だ。
と思いながら何の抵抗もなく言われたとおりにした。

しかしこれをきっかけにしたように片倉からの「ご指名」がどんどん回数を増していったのだ。

「猿飛、準備室から備品を取って来い」
「テストは二日後に返す。二日後の昼休みに猿飛、お前が取りに来い」
「週末に教室のワックス塗りがある、清掃委員と人数が足らないから・・・猿飛も残れ」
「猿飛ここの問題を前に出て解いてみろ」

大きな事から小さな事までありとあらゆる事を佐助にさせる片倉に佐助も流石に疑問を持ち始めた。でもまさか
自分が贔屓されるような事をした覚えもなければ何か片倉から嫌がらせをされるような覚えも佐助にはない。


それに、佐助には片倉がそんな粘っこい性格には思えなかった。


そんな日々の中佐助は片倉からの『ご指名』が日常と化してしまいそうになっており気に留めなくなりだしていた。


しかし佐助自身もきにしていないち言えば嘘になるが、なにぶん片倉は怖そう、否。怖い。
だからわざわざそんな人に佐助は何か言おうとも思わなかったし怒られるより何よりあの気難しそうな怖い片倉に
何か言ってもめる方が佐助には今の雑用係よりも余程めんどうに思えたのだ。


あたらぬ神に崇りなし


昔からそう言うではないか。佐助はそう思い深く考える事を結構早い段階でやめていたのだ。

「お前またアイツに何か言われてたろ?」

片倉の受け持つ授業が終わったあと直に呼ばれた佐助は何事か言われ少しすると元親の所へ帰ってした。

「え。あー言われたよ。『長曾我部に居眠りは別の授業でしろって言っとけ』だってさ」
「あぁ?」
「っていうかよくあの人の授業で寝ようと思うね?俺様そんけーだぜ」

やれやれと肩を窄めながら元親の大胆な行動に気持ちのない賛美をおくった。
しかし本当に大胆だな。と佐助は思う。

片倉の授業で居眠りをした生徒がどうなるかなんて知らないがきっと恐ろしいに決ってるのだ。そしてなぜ知ら
ないのか。それは生徒全員が同じで万が一眠ってしまって地獄を見るよりも眠いのを50分耐えれば恐ろしい
目に合わずに済むのならばそれに越した事はない。と考えているからである。

「そういや、あの人怒らなかったねー。怒り出すかと思った」

常に怖い片倉は当然のように居眠りの生徒を確実に怒られると踏んでいた佐助はそれが意外で仕方なかった。
それに佐助の場合、彼の授業中に余所見でもしようものならものの数秒で指摘が入るのだ。

「よそ見してんじゃねー」

と。堪ったものではない。

大体、居眠りの注意くらい自分ですればいいのだ。
わざわざ授業の終わった後に自分に言う必要などないし、現行犯でないと注意の意味を成さないような気がする。
なんでもかんでも俺様に頼みやがっていくら慣れてきたからって面倒なものは面倒だ。

この後自分はどうせ課題を集めて提出しなければならないというのに。


って、課題のの提出?


あ。課題の提出。


「あ!課題の提出!!そうだよ持ってこいって言われてた!!」

元親の居眠りに気を取られていてすっかり忘れてた。
佐助は昼休み中にクラス全員分の課題を片倉に提出しなければならなかった。

しかし昼休みに佐助は別の用事が入っているのだ。
次の委員会活動で使うしおりの作成を武田先生に頼まれていたのだ。

「どーしましょ。俺様昼休み丸々大将のとこだってのに・・・やべぇ」

職員室に最初に寄って提出をすればなんの問題もない様に思えるのだが―――

「佐助ー迎えにきたぞぉお!!」

始め幸村が武田先生に頼まれたのをついでに佐助も手伝う羽目になってしまった為に幸村と

「ぉお!佐助よ今日はすまんなぁ!」

大将自ら迎えに来るのだから言い出し難かった。
うんん。っと二人に返事もせずに呻きながら何か良い方法がないかを佐助は考えた。

そしていい考えなど浮かぶ筈もない。

「じゃー俺が代わりに持っていってやるよ。どうせ職員室に行く用事があるからな」

難しい顔をして考えている佐助を見ていた元親がそう助け舟を出した。

「え?いいの?ってなんで職員室に」
「ん?・・・・・・毛利」

あぁ。佐助は納得したまた生徒指導の毛利先生にからのありがたいお呼び出しでもあったのだろう。

「・・・じゃあ頼もうかな」
「おう。任せとけ」




元親に提出を頼み佐助は幸村たちを共に昼休み中みっちり仕事をし
何となく帰りの片倉からお小言でも聞かされるかなーと思ったので覚悟を決めていたのだが
幸いにも午後から急用に見舞われた片倉はそのまま出張。

その日が週末の金曜だったのもありそのまま佐助は週明けまで片倉に会うことがなかった。元親も提出
のときに「猿飛は」と言われたらしいがそのとき既に外出する準備をしていたらしく多くは言われなかったらしい。

なんか急な出来事で佐助は、今日はもうこき使われないですむぜー。と多いに喜んでのだった。





―――そして、今日に至る。




今日は週明け月曜日。片倉とは二日半振りの再会である。片倉は朝のHRの時から佐助への見事な
集中砲火を浴びせた後にその日の学校が終わるまで見事に攻撃は続いた。

「金曜に言えなかった分が追加されたんだよ・・・きっと」

佐助はげんなりしながら呟いた。
まったくなんなのだ。何か言いたいことがあるのならはっきり言えばいいと佐助は思った。

あ、でも言いたいことを言っているからこそのあの集中攻撃なのだろうが。

片倉の所為で佐助はもう片倉の顔が頭から離れない。脳内は常にあのしかめっ面だ。
恋をするとその人の顔が頭から離れないと隣のクラスの恋バカが言っていたような気がする。

これが恋なら佐助はとんでもなく不幸な恋をしている。

でもこれは恋だなんてありえない。だって自分はこんなに片倉に怯えている。

ここまで佐助に嫌がらせをする片倉のほうがもしかしたら佐助を好きなのかもしれない。

佐助はうっかり恐ろしい事を考えてしまった。
好きな子はつい苛めたくなるもんなんだって!とまた恋バカの言っていた言葉を思いだす。

恐ろしい。恐怖以外の何ものでもない。しかしもしかすると―――

「―――しかし、そこまであいつをしつこいってなると」

政宗が突然口を開いた。彼は片倉の事を最もよく知っている人物だ。

「佐助おまえ。よっぽど嫌われてるかよっぽど好かれてるかのどっちかだぜ」

そう言う政宗の言葉はまさに今佐助が考えていた事そのもので佐助は隠しもせずに顔を思いっきり引きつらせた。

恐ろしい。何が恐ろしいって政宗に言われたのが一番恐ろしい。




「どうか、前者であってほしいよ・・・全く」






佐助は本日何度目はわからない溜息を吐いた。














おわり





拍手につけてたお話です。
そんなつもりなかったのにシリーズ物に(笑)

2007.07.20
2008.03.08ちょっと加筆、修正


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