濃い色をしたカーテンの隙間から朝特有の柔らかい日差しが寝室に差し込み、明るく朝がきたよ。と呼びかけて
きます。その呼びかけが聞こえたのか寝室の中央にある大きなベッドの上のふくらみがもぞりと動きました。
掛け布団から腕を出したそのふくらみの中身はそのまま腕を隣の開いているスペースに伸ばしました。

ぱふぱふと何かを探る様に動いていた腕は己の隣には何もないという事を知ると一度腕を布団の中へ引っ込めそ
れから直ぐにゆっくりとふくらみが起き上がりました。

そしてチッと大きな舌打ちを一つ。


優しい朝日を浴びながらふくらみの主はとても素敵な天気だというのにそんなものは関係ないとでもいうような
ほど不機嫌でした。
もう一度己のいるベッドの空いた半分のスペースを見て再度、チッと大きな舌打ちが部屋に響きます。



舌打ちをしたのはこの家の主である片倉小十郎でした。









  素敵買い物計画のススメ







片倉夫妻の夫である小十郎は大体ほぼ毎日起き抜けの機嫌が最悪に悪いのです。
そのときの夫の顔の怖さときたら大人でも泣いてしまうのではないかと思うほど恐ろしい顔をしています。そん
な小十郎ですが、別に理由もなく不機嫌なのではありません。
小十郎の機嫌が毎朝悪いのには小十郎なにりきにちんとした理由があるのです。

ベッドから降りた小十郎はその時に己の枕の横に並べられた枕を横目で見ると今度は舌打ちではなく軽く息を吐
きます。小十郎は朝起きた時に隣に自分の奥さんがいるのといないのとでは一日の気合の入り方が違うのです。

朝意識が浮上し目を覚まして瞼を上げるとその目と鼻の先に朝日を浴びた妻の明るい色をした髪が更に輝いて見
えるのが小十郎は好きなのです。
それに妻が横にいる時はベッドの中が丁度良い具合に温く、その温度が最高に心地よいのです。
ですが嫁が自分より先に目を覚ましベッドから出て行ってしまうとその小十郎の朝一番の些やかな幸せが二つと
もなくなってしまうことになります。
以前逃がすまいと妻の体を無理やり抱きこんで寝てみたこともあるのですがどうしてか妻はそれをするりと抜け
出し朝勝手に起きていってしまいます。
小十郎はそれがとても残念で悔しくて腹が立ってなりません。

たまに妻が寝坊して同じベッドの中で朝の挨拶を二人でしたときなどあまりの温い雰囲気と幸せな感じに小十郎
は思わず会社に出勤などしたくなくなってしまうほど幸福なのです。
それなのに小十郎の妻は毎回いつの間にやらベッドから抜け出していってしまいます。
しかしそれは小十郎本人が知らないだけなのですが危うく本気で欠勤してやろうとしていた小十郎に気付いた奥
さんがそれを防ぐためにわざと早く起きているだけなのです。
出来る事ならば自分だって遅くまでゆっくりだらだらと寝ていたい。と思う妻ですがそれで夫に休まれては困る
ため頑張っているのです。



「起きた?」


意識を完全に覚まそうと小十郎がぐっと背筋を伸ばしているとカチャリと寝室のドアが開き小十郎の妻である佐
助が寝室に入ってきます。いつもならば自分で起きてくる夫がいつもの時間になっても起きて来ないため心配し
て起しにきたようです。

「なんだ、起きてんじゃん。早くしないと遅れちゃうぜ」
「ああ。わかってる」

そう小十郎が答えると妻はそっけなく返事を一つだけして寝室のドアを閉めていってしまいました。妻は今日格
好はスカートでした。以前スカートの下に七部丈のレギンスを履いている妻を朝キッチンで見たときに小十郎は
軽い衝撃を受ました。何故なら何となく毎日の日課になっている行為が出来ないからです。あれをして妻のその
日の下着の色を確かめないと何だかモヤモヤしてしまう小十郎はその時本当に悩みました。
けれどスカートを捲るまではいいですが下のレギンスまでは流石に脱がす事が出来ず(妻の顔が真剣に怒ってい
たため)その日はそのまま出勤したのですが何だか一日中気になってしまい仕事に支障はでなかったのですがま
るで消化不良のようにずっとモヤモヤしていたのです。
けれど今日はどうやらスカートの下にそういった類を履いてはいないようで心置きなくスカートを捲る事ができ
ます。小十郎は少しだけ朝の機嫌が良くなりました。




「なんだこれは」
「ボクサーパンツですが何か」
「……」
「ちゃんと女物だからね。男性用の下着とかいくら俺様でも履かないから」

今日は朝の支度できてるから早く食べちゃいなよ。佐助はスカートの端を持って固まる小十郎にそう清々しいま
での笑顔で言うとご飯の盛られた茶碗を二つ手にしキッチンを出て行ってしまいます。佐助が動いた事で小十郎
の手からするりとスカートの端が逃げていってしまい小十郎は少しだけ寂しくなりました。

佐助はもう毎朝の行事となってしまった夫の行動を止める事を諦め、仕方が無いのでそれを何とか阻もうと自己
防衛に出ました。七部丈のレギンスを履いた時は佐助の完全勝利で佐助は夫の小十郎が仕事に向かうために玄関
から出て行った途端に思わずガッツポーズを男前にかましたほどです。
今回は夫の意表を突くためにレディース用のボクサーパンツを履いてみました。女性の下着とかそういう類のも
のにあまり興味示さない小十郎が知らないと確信しての行動です。案の定スカートは捲られましたが夫は明らか
に困惑していました。向かいの席でどこかいまだ附に落ちない顔をしている小十郎をちらりと見た佐助は今日は
判定勝ちだろうと夫にばれない程度に勝利を噛み締め小さく笑みを浮かべました。

朝食が終わって食後に少しコーヒーを口にした小十郎はそろそろ行ってくると上着を羽織ります。佐助は小十郎
と一緒に玄関まで向うと靴を履くために渡された鞄を受け取りながら帰宅時間を尋ねました。
小十郎は結婚してから少しだけ落ち着きましたが基本的に仕事人間のために時間が許す限り自分の気が済むまで
仕事をしているため帰宅が日付が替わってからなんていうこともしばしばなのです。

「さぁな。だがあまり遅くはならんだろうさ」
「ふーん。じゃあご飯作っとくよ」

靴を履き終えた夫に鞄を渡そうとすると夫の手は鞄に向かわずそのままするりと佐助の腰の少し下に伸びます。

「今日のやつは嫌いじゃねぇ」
「はぁ?」
「ああゆうのもありだろ。うん」

じゃあ行っていると佐助の手から鞄を取った小十郎は言いたいことだけ言って佐助の反応を待たずに出て行ってし
まいました。佐助はぽかりと開いた口をそのままに今夫が言った事を思い返しました。今日のやつとは恐らく佐
助の今履いているボクサーパンツの事でしょう。それがどう転んだのかは佐助に到底理解できませんが小十郎は
このボクサーパンツを良しとしてしまったようです。態々少しも色気の無くかわいらしくも無いスポーツ用を買っ
てきたのにも関わらず小十郎は、それを微かにですがどこか嬉しそうにありだと言って去っていきました。

「くそっ」

どうやら判定勝をしたのは小十郎のようで佐助は思わず自分が女であるという設定を忘れるほどに地団駄しなが
ら悔しがりました。



目が覚めた時にあんなに胸糞が悪かった気分がすっかりどこかへ飛んでいってしまった小十郎はマンションの正
面玄関から機嫌よく出て行きました。けれどどんなに機嫌が良くともその上機嫌をすれ違う人の誰一人として気
付く事はありません。恐らく小十郎の機嫌の良さを見抜くことのできるのは小十郎の妻である佐助と、もう一人
、小十郎の上司である伊達政宗だけでしょう。それほど小十郎の表情は怖いままからあまり変ることはありませ
ん。
そんな小十郎は通勤を車ではなく電車と使います。車で通勤をしてもよいのですが何かと接待やら何やらで、酒
を飲む機械が多いのと上司が頻繁に呑みに行こうと誘うのでその場合、毎回車を会社に置いておかなければなり
ません。それならば始めから車では行くまいと電車で通勤する事にしたのです。ですので車はもっぱら妻が買い
物に行く際などに活用され年に何度か二人の予定が上手く合った時などに佐助が会社まで迎えにきたりなんてい
うこともあるのです。それに片倉夫婦の住んでいるマンションは所謂、好立地条件の高級マンションを言われて
いるそれで最寄りの駅まで行くのに徒歩で五分とかからない距離にあります。

だから朝と夕方の満員電車さえ我慢すれば車を使わなくとも少しも苦では有りません。それに満員電車に乗って
いるときも不思議と前後左右の人間が極力小十郎を押さないように必至になってくれるのでもみくちゃになると
いう事は滅多に無いのです。
今日もいつも通り駅までの道のりを歩いていると、いつもは右に曲がる角の反対側にふとあるものを見つけま
した。電車の時間までにはまだまだ時間があります。そのあるものがどうしても気になってしまった小十郎はい
つもとは逆方向へ曲がりそれを目指して歩き出しました。



「これは…」


そして気になったそれの目の前まできた小十郎は驚きに少しだけ目を見開きました。














    ・・
小十郎がそれを見つけてから数日後、この日は仕事が早く終わったのか、定時上がりとまではさすがにいきません
が八時前に小十郎はカチャリと玄関のドアを開けました。

「帰った」

「おかえんなさーい」


ぺたぺたとスリッパを履いていない佐助がリビングではなく脱衣所から出てきます。どうやら佐助は風呂掃除を
していたようです。佐助はおかえりおかえり、と何度か口にしながら小十郎の手にしている鞄を受け取りました
。そして靴を脱いでいる夫に向かって佐助は今日あった事やテレビの事を次々と話してきます。佐助はおしゃべ
が大好き、とまではいきませんが夫である小十郎があまり口数が多くない分、自分がたくさん喋らねば。と不思
な責任感のような物を感じているようで話すネタが多い日は特に口が良く回るのです。

「でさぁ、旦那が電話でね―――」
「佐助」

いつもなら喋り出したらきりのない妻を放っておき聞いている振りをする小十郎ですが今日はこちらにも話すこ
とがあったので小十郎は佐助の話を珍しく遮りました。

「話がある」
「うん?晩飯は?」
「いや、先に話をする」

普段小十郎がこういった話の遮り方をした場合、大体は佐助が何か怒られるような事をしていてそれを小十郎が
説教をする。という流れになるので佐助は無意識に顔を引きつらせました。心の中で何かしたか、と心辺りを考
えますが最近は小十郎が大分気にしなくなったのかそれとも諦めたのかあまり怒られては居なかったためにその
分大きな事から小さな事まで佐助には怒られる心当たりだらけでした。
佐助が小十郎に何かグチグチと言う際には遠まわしに嫌味を言うのですがこの夫の場合、ストレートに文句を言
った挙句に口数が多くない分簡潔された言葉での嫌味のために中々言われた方はショックが大きいのです。

「あ、あの俺何かした?」
「別に」

佐助は何を言われるのか必至に考えている間に小十郎は既にリビングのドアノブに手をかけています。そして佐
助に早く入れと言うとそのままリビングに入っていきました。
普段ならばどんなに機嫌が悪くともスーツを着替えてくるというのに今日はそのままのようです。それが更に佐
助の恐怖心を煽り思わず後ずさってしまいました。



小十郎に遅れて恐る恐るリビングに入って佐助は鞄を抱えたまま何か言われる前に今の床に正座しました。片倉
夫妻はとても仲の良い新婚夫婦ですが人としての考え方のような物が少しお互いに違うようで佐助にとっては別
にどうということがない事でも小十郎にしてみたらとんでもない事ということがたまに起こります。なので佐助
は今から自分が怒られるであろう事のその内容を考えてみても少しも予想が出来ません。以前怒られた内容は刺
身に添える大根の摘の細さで怒られました。佐助からしたらその程度。な事も小十郎にしてみれば大問題だった
のでしょう。夫は変わってるなとその時佐助は思ったのです。けれどその逆で小十郎の行動の中で佐助が気に入
らずに文句をいう場合があるのですが佐助が怒られることが圧倒的なため佐助は自分がたまに小十郎に理不尽な
事を言うのはすっかり棚の上に上げて戸まで閉めてあります。

もうすっかり渋い顔をして座っている佐助に小十郎が呆れたように声をかけます。

「なんで床に座ってんだ」
「え?怒られんじゃないの?」
「…何か怒られるような事をしたのか、お前は」
「してない!!…と思います」

ならきちんと座れと言う小十郎は佐助がいまだ持っている鞄を取りました。そしてソファに座った佐助の向かい
のソファに同じ様に腰掛けた小十郎は話さなければならない事がある。といつになく真剣な表情で口を開きまし
た。そのあまりの真剣さに佐助は思わずこくりと息を呑みます。もしかして、佐助は口の中だけでそう呟きました。

「もしかして、とうとう浮気した?待って!相手はわかってる!」
「…はぁ?」
「浮気するんなら絶対あの人だと思ってたんだ!相手はアンタの上司だろ!」
「……」
「えっと名前は…鷹正サマだっけ?前からあやしーなぁーって思ってたんだよねぇ」
「…それを言うなら政宗様だ。それに俺は浮気なんてしねぇ」

とんでもない事をあっけらかんと言う佐助に小十郎は目頭を押さえながら地に響くような低い声で否定しました。
そもそも浮気とはなんだ。と言いたいところですがわざと間違ったようにしか思えないような己の上司の名前の
間違いに怒りさえも通り越して呆れ果ててしまいます。
浮気とてそうです。小十郎が世界で一番愛しているのは佐助だけ(本人には伝えてないし伝わってませんが)な
のに浮気などする筈がありません。それをわからずにそんな事をいう自分の妻を小十郎はどこか信じられないよ
うな物を見る目でみます。

「浮気じゃないの?」
「違ぇよ」
「じゃあ何?顔が怖いって訴えられた?」

こくりと首を傾げる妻の無邪気な顔に冗談で言っているんだか本気で言っているんだかわからなくなった小十郎
はこれでは少しも話は進まないと、あえて返事をせずにそのまま無言で鞄の中から大きな封筒を取り出します。

「何それ」
「ん。買った」
「買った?何を?」



「土地」



とち?ドジじゃなくてとち?栃?橡?とちってもしかして土地の事ですか。
佐助はピキリとまるでひびが入るような音を脳で響かせるとそのまま凄い勢いで封筒の中を引っ張り出しました。
その中を確認した途端佐助は見る見る顔色が青くなるのが自分でもよくわかります。

封筒の中に入っていたのは土地を買う時に使う書類が入っています。これらと同じ物を佐助は今住んでいるこの
部屋を購入する際に何度も見て読んだのはまだ記憶に新しいです。

「売買契約書に登記簿…って、え?契約しちゃったの?!」
「ああ」
「ああって!アンタね……ふえぇえ?!百坪?!」

ここから直ぐの所にあって、と場所などの説明をし出す夫に佐助はいまだ青ざめた顔のまま夫の顔を見やりそれ
と同時にかつりと固い何かをテーブルの上に置きます。その音に気付いた小十郎はどうしたのかと一端話を切る
と音のしたテーブルの上に視線をやります。

「ちょっと片倉さん話しようか」
「お前…」

夫の事を名字で呼んだ佐助が置いたのは小十郎の左の薬指にはまっている物と同じデザインの結婚指輪でした。
流石に一瞬うろたえた小十郎はとりあえず指輪を元通りはめるように進めましたが佐助は一向に聞く耳を持ちま
せん。そんなことよりも詳しく説明が欲しいんですけど俺様は。にっこりと微笑む佐助に小十郎は契約する前に
相談をした方が良かったのだろうかと今更のように思ったのですがそんなもの今思いついても最早遅く、小十郎
は仕方が無いのでせめでこれ以上妻の逆上させないように珍しく言葉を探しながら口を開きました。

「事前に相談しなかったのは謝る。だがいい条件だったんだ」
「アンタね。衝動買いっても限度があると思うんですけど」
「…。何とかなる金額だろうと思ってだな」
「何とかってアンタ…大体土地買ってどうすんだよ」
「畑を作ろうと思って」
「畑ってアンタ。何のためにこんな庭だかベランダだかバルコニーだかよくわかんないような
 だだっ広い草の生えるベランダのついた部屋買ったと思ってんだよ!そこで家庭菜園できてるじゃん!」
「ここじゃ根菜が植えれんだろう」
「ニンジンとか植わってるじゃん」
「大根と牛蒡が無理だ」
「家庭菜園じゃねぇえよ!そこまでしちゃうと!」

何を言っているんだこいつは!佐助は自分の夫のおかしさを把握はしていたつもりでいましたがどうやら甘く見
ていた様です。このマンションの部屋を購入する時もベランダの広さで揉めたの佐助は思い出しました。
小十郎は最初、戸建を希望していたのですが佐助が庭の手入れが面倒だと言ったのもありましたが二人ともまだ
子供を作る気がなかったのでそれならばマンションでもいいかということで小十郎が折れたのです。

「駄目だったか」
「駄目っていうか、それ以前に相談が欲しかった」
「驚かせればいい、と政宗様が」
「あいつは知っていたのか!!」
「駄目だったか」
「…いや駄目く無いけど…払えんの?」
「出世する」
「出世ってそんなに簡単にできるの?!」
「政宗様の尻を叩いて仕事させれば問題ない」

そんな出世の仕方聞いたことねぇよ。佐助は驚かせればいいと簡単に言ったであろう夫の上司に対してざまぁね
ぇと思う反面、少しほんの少しだけ同情をしました。夫が出世をするために上司の尻を叩くと言ったのです。恐
らくその尻の叩き方は尋常ではないでしょう。
そんな事を佐助が考えていると不意に小十郎が佐助の手をやんわりと握りました。何事かと書類に目を落として
いた佐助が顔を上げるとそこにはいつも真面目な顔をしていますが(無表情なだけ)それよりも更に真剣な眼差
しの夫の表情に佐助は少し目を見張りました。

「え、なぁに」

握られた左手はそのまま対面になっている小十郎の右の掌の上に乗せられます。そしていつに無く優しい動きで
佐助の手の甲を撫でる小十郎に佐助は思わず顔を引きつらせてしまいました。
小十郎は普段こういったスキンシップをあまり好んでしてくる人間ではありません。頭を撫でたりスカートを捲
ったりといった事ならば日常的に行ってはいますが、このような男性が女性に対しての優しい愛でるような、ま
さに今のような事をするような人ではないのです。

「佐助、悪かったな」
「ふえっ?!ええ、いや、そのっいいよ別に、もうさ…どうにかなるんだろ…」
「そうか」
「……うん」

優しく手の甲を撫でながらたまに指の間接部分を親指でそっと撫でる小十郎の仕草にこんな夫の一面を見た記憶
の無い佐助は表面上へ平静をできるだけ装いつつも(少しも装えていないが)内心、どどどどうしようこの人お
かしなスイッチでも入ってる?!と恥ずかしさにみるみる顔を赤くする佐助は顔を俯かせてしまいました。
本当は小十郎もこういった行為をしているといえばしているのですがそれは大抵夜の営みの中での出来事でしか
も大抵佐助が疲れてうとうとしている時か完全に寝入ってからの行動なので佐助にその時の記憶は無いのです。
悪かったな。そうもう一度謝る小十郎にもういいからと佐助は恥ずかしそうに小さく答えます。

「許してくれるか」
「いや、だってほら反省してんだし、ね」
「そうか。…じゃあこれ」

これといって小十郎が手にしたのは先ほど佐助がテーブルに置いた佐助の結婚指輪でした。どうやら小十郎は妻
が指輪を外してしまったのが反省の理由だったようです。

「…外すんじゃねぇよ」
「あ、うん」
「冗談でもあんまりそういうこと言うな」

佐助の手を握ったままいつに無く真剣に言う小十郎になにやら佐助の方が悪い事をした気分になってきてしまい
やはり恥ずかしそうにしながらも佐助はごめん。と謝りました。
そうかこの人そんなに俺様と別れたくないのか。なんだぁ結構って言うか俺様きちんと愛されてるじゃん。付き
合い始めてから今まで見ることの無かった夫の愛情の深さを知った佐助はえへへと花を散らすように照れ笑いを
浮かべながら小十郎の手にしていた指輪を左の薬指の元の位置に嵌めなおしました。

「ごめん。俺様もちょっとかっとなっちゃって」
「いや、元は俺の所為だからな。こんな事でお前に離婚なんて言われたらかなわん」
「そんなぁ」


「お前がいないと平日の昼間、畑の世話をする人間がいなくなるからな」


「……ん?」

「そうだ、お前どんな物を植えたい?」
「………」
「ん?どうした」
「離婚したら困るって畑の世話の件で、困るからって…事?」
「他に何があるってんだ」
「………」

今更なんでそんな事聞き返してんだ?と首を傾げなる小十郎はそれでも直ぐにそんな疑問を何処かへ放ると佐助
にもう一度どんな野菜を育てたいかを尋ねてきます。小十郎はとても楽しそうに真っ黒な瞳を輝かせています。

「………こん」
「ん?」
「レンコン。レンコンが食べたい」
「……馬鹿を言えあれは普通の畑じゃ無理だろうが」
「レンコンにモヤシにカイワレダイコンにあと、あとワサビとかがいい」

「………」
「………」

佐助がリクエストした野菜は全て普通の畑では作れないものや畑では作らないものであり、レンコンに関しては
態々沼を作らなければならないので畑を作ることが既に不可能になってしまいます。
その妻の答えに明らかに敵意と悪意を感じた小十郎は眉間を引きつらせました。己としては相談もなしに百坪も
の土地を勝手に購入してしまった事を少なからずとも悪かったと反省し、その上これから一緒に世話をしていく
のです。だからせめて妻の何か希望があるのであればそれを優先して畑に植える物を決めようと思った小十郎な
のですが、妻の口から出た野菜達の名前に小十郎は最早怒りすらも湧いてきませんでした。

「…何が不満でそんな事言いやがる」
「だって。俺に畑の世話してもらうつもりだからそのために離婚反対で、畑の為に俺が必要みたいに言った」
「……間違いではない」
「ほら!俺の価値って何ですか?あれですか?畑の次?」

まさかワーカーホリックの夫に仕事と私どっちが大切なの?という禁句をぶつける前にまだできてもいない畑と
己とどっちが重要なのかと叫ぶ日がするなどと佐助は思いもしませんでした。これがまだ平日は仕事にかかりき
りだから休日くらい夫婦で同じ事をしたい。と言うのであれば佐助とてそう文句は言いません。佐助自体面倒く
さがりではありますが外に出るのは嫌いでもないし土に触るのも嫌なわけでありません。ですがそれをまるで畑
の為に妻がいる。という言われ方をされては佐助だって釈然としない物を感じざるを得ません。
すっかり拗ねかえってしまった佐助に小十郎がそっとばれない程度に溜息を吐きます。どうしてこう己の妻は捻
くれているのか。どうしても何もそれは小十郎が畑の為に佐助が必要と言うのを否定しなかったのが問題な訳で
すがそんな事は、小十郎には関係ありませんしそんな事少しも疑問に感じる所ではないようでした。

「始めからお前と畑弄りをするつもりだったのだ。
 出なきゃ俺も一人でするのに百も土地なんて買わん」

平日だって水をやるくらいでいい。そこまでお前に負担をかける気なんざさらさらねぇよ。体力の方は心配して
はいないがお前だってどんなに女捨ててても女だからな手が荒れるのとか日に焼けるのとか嫌だろうからな。

そう当り前の顔をして腕を組みながら何が気に入らないのかわからないと言ったような表情をする小十郎に佐助
は不貞腐れた表情を一転して口を開けた間抜けな表情で向かいの夫の顔を凝視しました。そう思っているのであれ
ば端から言ってくれれば自分とてあそこまで嫌味を言わずに済んだのに。佐助はなんなら傘でも差して見てれば
いいと言う夫に呆れながら少し照れくさくなってきたのを感じました。

「別に畑仕事が嫌なんじゃないよ。優先順位が気になっただけでさ」
「優先順位って何がだ」
「畑と……ぉ、おれさまと?」
「お前と畑だと?そんなの決ってるじゃねぇか」

畑はやり直しが利くがそんな事できないモノの方が大切に決ってるだろう。
小十郎はそう当り前の顔をしながら畑は時間はかかるがやり直しが利くと言います。という事はやり直しが利か
ない分妻の方が大切という意味なのでしょう。佐助はその言葉に段々と先ほど消え去った嬉しさがもう一度こみ
上げてくるのを感じました。何だかんだとおかしな事を言いながらも最終的には夫が妻の事を選んでくれるのが
佐助は幸せで仕方ありませんでした。普段夫からの愛が良くわかわない分こういう時に当り前のような顔をして
言われるのは大変気持ちの良いものです。

「…………に決ってる」
「え、何?ごめん聞いてなかった」

「だから、一番大切なのは会社と政宗様に決ってるだろうが。と言ったんだ」

働かんと食えんからな。と胸を張る小十郎に佐助は一瞬己の耳が不具合を起したと思いました。あれ?今おかし
な事が聞こえた気がする。佐助は自分の耳朶を軽く引っ張りながら一番大切なのが政宗様と聞こえたと小十郎に
言いました。

「おかしな幻聴が聞こえた」
「おかしくねぇよ。俺はそう言ったからな」

大体妻は自分の嫁なのでやり直すも何もこれからずっと一緒にいるのだから何かと比べる必要なんかない。という
のが小十郎の本音だったのですが奇しくもそれは喉を通り、言葉となって佐助の耳に入る事はありませんでした。
大体妻は何かと比べるものではない。と小十郎は思っています。これも思うだけで言葉にはなりません。

言葉にならないという事はこの少し捻くれた妻には届かないという事なのです。


「そんなにその酒野郎が好きならそいつと結婚しちまぇええ!」


幸せから一転、己が自意識過剰だった。という名前の地獄に叩き落されてしまった佐助はそう叫ぶと先ほどから
ずっと佐助の手を握っていた小十郎の手に噛み付きました。その瞬間、夫の声にならない絶叫が部屋中に響いた
のを試合開始のゴングにした二人は少し険悪なムードになってしまいました。
けれどどんなに険悪になってしまっても次の日にはただの新婚夫婦に戻ってしまうのでそんな事少しも大変な事
ではありません。恐らく翌日にはお互いすっきりした顔で起床する事でしょう。





そんな夜の事から数日後の日曜日、片倉夫婦が二人仲良く小十郎が勝手に契約した土地にきていました。妻の佐
助の方は若干不満そうな顔をしていましたがそんな佐助の感情など夫には些細な事でしかありません。
今回小十郎が買った土地というのは以前も畑として使われていたようで荒れてはいるものの一から畑を作るより
も断然やり易そうだ。と嬉しげに小十郎が佐助に説明をします。
その様子を真上に来ている太陽の光で眩しげに目を細めながら見やった佐助は、そんなに嬉しそうな顔しちゃっ
てまぁ。と顔をわからない程度に綻ばせました。普段滅多な事が無い限り嬉しさなどの感情を表に出す事のない
小十郎ですが今日はこの場所についてからというもの楽しそうに佐助に色々な事を説明する口が止まりません。

「おい、聞いているのか」
「はいはい。ちゃんと聞いてるよ。そこに葉菜植えるんでしょ」
「・・・ふん。あそこに牛蒡だ」
「はいはい」

小十郎は自分のテンションの高さに気付いたのか佐助が笑っているのに気付いたのかほんの少しだけばつの悪そ
うな表情をした途端、ぷいと顔をそらしてしまいました。それに佐助はもう隠すことはせずにケタケタと声を立
てて笑います。


「・・・・・・あそこ」
「ん?」



「あそこ何植えたい」


どちらかと言うと土地の端の方。小十郎によれば隣の家の関係であまり日が当らないのだそうです。ですから小
十郎は何か野菜以外のもので何か植えたいものは無いのかと佐助に尋ねてきたようです。



「なんか植えたいのは無いのか」
「なんかって言ってもねー。あ」
「ん?」







じゃあさ、まだ結婚一年くらいだし?畑も作り出すわけだし?記念に桜かなんか植えようよ。


花見できる頃になったら一緒にお花見しようよ。


阿呆か。どんだけ時間かかると思ってやがる。


いいじゃん。おじいちゃんとおばさんになってからでもさ。


・・・そんなに歳離れてねぇよ。まぁ悪くは・・・


無いでしょ?






このまだ空き地の場所に数ヵ月後には綺麗に耕された畑とその横に小さな桜の木が植えられました。
週末夫婦揃って畑にやってくる二人の姿はとても幸せそうだと畑の近所の住人が口々に言うようになるのは時間
の問題のようです。



















おわり



春生さんの「ニョサス夫婦話の続編」というリクでした。
回を増すごとに旦那様が・・・笑

あと佐助の言った鷹正様と酒野郎というのは「●正宗」ってお酒があるからです。

それにしても毎回、夫婦漫才のようですね。甘いのかけないのはhaloの仕様だとお思い下さい。




2008.08.16



 
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