○◎ 林檎がふたつ ◎○ 「はぁ?お前らとっくにできてたんじゃねぇの?」 「いや。それ誤解ですから」 「小十郎の?」 「うん」 あいつが言うからてっきりそうなのかと、と政宗は大袈裟に溜息を吐くと手にしていた煙草、ではなく 棒付きキュンディを咥えた。一日の授業も終わり政宗と佐助は運動部の連中があちらこちらで出す声をBGMに しながらすっかり人のいなくなった教室で佐助の身に起きた先日の話をした。今日は幸村も元親も互いに用事が 合ったようで、片倉のことを誰かに相談したかった佐助はこれは丁度いいと彼を一番よく知る政宗話を 聞いてくれるよう頼んだのだ。 「付き合ってると思ってたからお前ん家にやってたのによぉ」 そう言う政宗はひと月ほど前に片倉本人から佐助と付き合っていると聞いていたので、へぇよかったな。と佐助の 家に集まって水を差すのも野暮だと自分の家に他の連中と集まり片倉を佐助の家にやっていたのだという。 まったくのありがた迷惑だ。 「で。誤解も解けてはいさよなら。か?」 「・・・・・・」 なんだよ違うのか。政宗が少し驚いたように目を見開いた。それはそうだろう。当初佐助は片倉の事を嫌いとまでは いかなくとも苦手意識は充分に持っていたのだ。それが今はどうだ。目の前の男は唇を尖らせながらばつの悪そうな 表情のまま顔を逸らしてしまった。 「・・・とりあえず具体的なのは保留で、始めからやり直すってことで決着。一応ね」 始めも何もこっちはそんな事すら知らなかったけどねぇ、と佐助は先日のことを思い出しているのか遠い目をしながら ポツリとこぼした。何にも知らない。いつ何処でそうなったのか片倉が自分の何処に惹かれたのか。 佐助が知っているのは片倉がおかしいことしか知らない。 「あいつは前から言葉が足らねぇからな」 見た目怖いから実は面倒見がいいのもわからないし、ああ見えて家庭菜園が趣味だとか、幸村と張り合えるくらい甘味が 好きだとか、あいつの周りはいつも大事なことからくだらない事まで誤解だらけだ。政宗と小十郎の付き合いは政宗の 歳が一桁の時からと聞いている。大変だったろうなぁ。佐助は他人事のように思った。 「ま。俺の場合めんどくせぇから誤解はそのままにしてきたけどな」 「誤解解こうよ。可哀相でしょうが周りも、片倉さんも」 「じゃあ。てめぇが誤解招かねぇように面倒見てやれよ」 うっ。と佐助は思わず座っていた椅子ごと後ずさってしまった。今更気付いたが政宗は以前から片倉を佐助にやると言っていた。 そう考えるともしかしたら、この、今佐助の目の前にいる男が片倉に余計にことを吹き込んだのかもしれない。 もともと政宗は腹の底の知れないとこがあり、勘のいい佐助はそこまでないが基本的に単純な幸村や元親はたびたびこの 悪人顔の三白眼にいいように利用されている。 「・・・あんただろ。片倉さんに余計なこと言ったの」 別にぃ。と大袈裟に肩を竦めながら腕を振って否定する政宗は恐ろしいほどの胡散臭さがあり、まず黒と見てよさそうだ。 余計な事やってくれるぜ全く。佐助は溜息をつきながら、片倉さんかわいそ。と言った。 「じゃあ。本当にしてやれよ。俺はただ『佐助が最近お前の事しか考えられない』って言っただけだぜ?何にも間違っちゃいねぇよ」 悔しい事に政宗の言葉に佐助は反論できなかった。確かに佐助は数ヶ月前に片倉の行動があまりに理解しがたくて 次の言動を予測する事も出来ずにいたため思い悩んでいたのだ。いや予測できないのは今もだが今は何だかもう 慣れが先に立ってしまっているので悩む事も少ないのだが。はぁ、溜息が勝手にでる。それを見た政宗はケラケラと笑う。 だってよー仕方ねぇって。 「あいつお前のことになるとすぐ顔色変るんだぜ?あんな小十郎初めてだ」 だから、小十郎をお前にやるよ。 「・・・・・・どこまで高飛車なんだよ。あんたは」 そう言い、机に突っ伏してしまった佐助に政宗は本格的に笑いがこみ上げてきた。こいつは本人で気付いているのだろうか 佐助は今までの会話でいくらでも小十郎を拒否できるタイミングが合ったのにも関わらずただの一度もこの男は小十郎を いらないとは言わなかった。それに佐助はうまく誤魔化したと思っているだろうが机に突っ伏している佐助の首から耳に かけてがまっ赤に染まっている。 これはもう時間の問題だろう。というよりも恐ろしいほど鈍い小十郎と常に逃げ腰の佐助では先に進まないだけだろうが。 政宗はうぅ、と呻きながら未だに机にへばりついた佐助の頭のてっぺんを見ながらこれまでで一番最凶な笑みを浮かべた。 これはもう少し小十郎のほうに何か吹き込んでいたら面白い物が見れるかもしれない。少なくとも小十郎のほうは無意識 だが相当佐助のことを好いている。それは紛れも無い事実だ。やべぇ面白くて仕方が無い。 思わずふふ、と笑いが表に出てしまった。 「・・・政宗、もう変な横槍入れないでよ」 ちろりと少しだけ顔を上げた佐助が今の笑い声で何かを察したのか、疑り深い目で政宗を見た。 「さぁな」 「ぜってぇ何かする気だろ・・・」 勘弁してよ。と段々眉をハの字にさせ佐助は最早懇願の域のようで更に政宗の笑いを誘った。何にもしねぇよ。と言いながら 顔は相当笑っているのだろう、佐助はもうヤダ。とまた顔を伏せてしまう。そんな佐助を見ながら本当は今にも腹を抱えて 笑いたかった政宗だが教室の窓から別校舎とを繋ぐ渡り廊下を歩く人影を見て口角をくいと上げた。 「・・・あぁもう最悪」 佐助は机に額を付けるようにしながら呟いた。政宗は少し前に便所とだけ言い残してトイレに言ってしまった。 佐助は自分の相談相手の選択ミスを悔やんだ。まさか政宗があそこまで意図的に引っ掻き回していたなんて。 今日のことで更に政宗は片倉に何か入れ知恵をすることだろう。 「ちょっとしんどい」 「具合でも悪いのか」 「ううん。心がしんどいって、へ?」 「言ってる意味がわからんが大丈夫なのか」 独り言に答えてきた声は先ほどまで一緒にいた政宗のそれではなく最近とみに耳に付いて離れない声だった。 佐助は顔を上げ声の主を確認すまでもなくガタっとけたたましい音を立てながら椅子を倒す勢いで立ち上がった。 「ななななんで、ここにいんの?!」 これでもかというほどに動揺してみせる佐助に片倉は少し目を見開いて片方だけ眉を微妙に動かした。 そして熱でもあるのか、と首を傾げながら顔がまっ赤だぜ、と言った。別にどうもないよと佐助は思わず 後ずさるとHR後に清掃された教室内は机が綺麗に陳列されてあり佐助はすぐ後ろの机にぶつかった。あいて、と よろけながらもまだ動揺している佐助に片倉は半ば本気で佐助の具合が気に掛かった。 明らかに挙動不審すぎる。 「お前変だぜ」 「ええ。変だから、認めるからほっといてよ」 「馬鹿を言え。校舎内で倒れてみろ俺の責任問題になるだろうが」 珍しくとても正論を言っている片倉に佐助はぐうのねも出なかった。思わず後退するのをやめてしまった佐助に片倉は 一歩一歩と近づいてくる。片倉と距離が縮まるのを佐助は認識しながら脳内では政宗に対する呪詛を唱えていた。 「大丈夫なのか」 「・・・大丈夫だって。ほんと」 「そうか。ならいいが」 そうならもう帰るぞ。と片倉は何事も無かったように教室の入り口に向かった。そして佐助がその後姿を眺めていると きりりとした背中がぴたりと止まった。何してる。そう言いながら片倉は振り返った。 「早くしろ。お前も一緒に帰るんだろうが」 「え。でも政宗が・・・」 「政宗さまならとっくにお帰りになったぜ。だいたいお前の事を言ったのはあの人だからな」 準備をしてくるから玄関口で待ってろ。そう言いながら片倉は佐助を置いてスタスタと廊下に出て行った。何気に一緒に 帰ることになってしまった。それにしても政宗のやつめ謀ったな。どうしていつもこう抜け目が無いのか。佐助も片倉も 何だか政宗にいいように踊らされてる気がする。佐助はそう思った。 帰り道、互いに何も言わないがふたりして佐助の自宅の方向へ歩いているところをみると今日も片倉は佐助の家に来るともりらしい。 家にくるんだ。と佐助が尋ねるでもなく言うと、お前が調子が悪そうだからなと返ってきた。 「俺元気なんだけど」 「いいや。おかしいのは常だが今日は特に言動がおかしい」 こいつ喧嘩売ってんのか、と佐助は思わないでもないがなんだか怒るのも面倒ではいはい、と軽くながした。 すると少しは心配だからなと相変わらず前を向いて一度もこちらを見ずになんでもないように言った。 「しんぱい。あんたが俺を」 「・・・・・・たぶん」 「ふうん」 佐助の家は学校から西側にあり夕方、下校時間が少しずれると西日をもろに浴びながら返る羽目になってしまう。 でもその西日が今の佐助にはありがたかった。顔が熱い。たぶん夕日の所為ではないだろう。でも西日のおかげで 顔色の変化に気付かれずに済みそうだ。 「・・・あのさ」 「ん」 「政宗からなんか俺のこと聞いても信じちゃだめだぜ」 「何故だ」 何故って。と佐助は思った。たぶんこの人に政宗の言う事を信じるなというのは少し無理があるような気がするが これ以上引っ掻き回されたのではかなわない。政宗の助言(のようなもの)が実際にいい方向に進もうと仲がこじれようと それはお互いに直接本人からのことではないから何の意味を成さない。 「なんかさ、俺もちゃんと会話できるように努力するからさ。片倉さんも政宗の言葉じゃなくて 俺の言葉を聞いてよ。じゃないと昨日みたいに誤解だったのも気付かないしさ」 できれば、その。と佐助は段々自分が何を言っているのかよくわからなくなりながそれでも必死に片倉に 政宗の言葉を真に受けるなと伝えたかった。 「できれば、あんた本人から色々聞きたいんだよ」 そう言いながら先ほどから黙してしまっている隣の男を伺うために佐助は横を向いた。 佐助は大きな目を更に大きく見開いた。片倉小十郎は掌を口元に当て何かに耐えるような複雑な表情をしていた。 そして横目で佐助をちろりと見るとまた視線を前へ戻してしまう。 「・・・・・・まぁ。心に置いておこう」 そうポツリと呟くと急に大股になりそれで無くとも足の長さで佐助と歩幅が違うというのにおまけに早足で歩かれて 佐助は取り残される形となった。 「え。え。待てよ!」 「・・・黙れ。タラシ」 謂れの無い罵りを受けながら佐助は小走りで片倉の事を追いかけた。佐助は自分の今の発言がある種の告白だと いう自覚が無いようだ。こういうのをタラシというに違いない。片倉は思った。しかも意図して言ったのならまだ殴れる ものを佐助は見るからに真剣だったのだ。天然タラシ。小十郎に脳裏にそんな言葉が浮かんだ。 以前政宗が誰かの事をそう呼んでいた気がする。 ああ。こいつの家が西の方でよかったと顔の温度が2度ほど上がったような錯覚を受けた片倉は数分前に佐助が 思ったことと同じ事を思った。 こうしてふたりがかわるがわる顔を赤くする様を綺麗な夕日だけが一部始終見届けていた。 おわり 策士、伊達政宗。かれはきっと最強です。 ちなみに政宗が言っていたという「天然タラシ」発言は幸村のことです。 2007.10.02 2008.03.10ちょっと加筆、修正 ブラウザバックでお戻りください。