「疲れた。めんどくせぇ」

「はいはい。そりゃーお疲れさまでございます」

「なんであんなにクソ生意気なんだ、生徒ってぇのは」

「ごめ。俺様その生徒のうちのひとりなんですが」

「・・・うるせぇ。いちいち答えんなよ」


「――――はい。」






今日も今日とて数学準備室―――っと言いたいところだが、本日は所変わって猿飛佐助の自宅の居間に生徒とその担任は居た。




 
○ 出来の悪い子ほどなんとやら ○





「で。何で先生が尋ねてきたのかそろそろ聞いてもいいすかね・・・」

キッチンと呼べるほど立派でないキッチンスペースから氷と麦茶の入ったグラスを片手に持ちながら佐助は居間に
我物顔で座っている担任に尋ねた。はい。粗茶ですが。と言って手渡すと粗茶なんか出すな。といつもの偉そうな
口調が返ってきた。佐助は社交辞令だろ、と胸の中で悪態を吐きつつ、そりゃ、どうもスミマセンねぇ。と口角を
ひくつかせながらもなんとかこの片倉小十郎に返事をした。


はぁ。佐助は溜息を吐いて思った。溜息を吐くと幸せが逃げると言うがきっと自分は今年中に一生分の幸せを
逃がしてしまうかもしれない。だって目の前の男の所為で毎日数え切れないほどの溜息を吐いている。もしかしたら
自分のような人間を幸が薄いと言うのかも知れない。

そんなの最悪だ。


「で。なんで、今日は、オレん家に、来たんですか」

佐助はまたはぐらかされないように一語一語切って片倉に問い掛けた。すると男は心底うっとおしそうな顔で立って
いる佐助を見上げてくる。

「・・・お前って」
「なに?」


「顔がうぜぇな」

「・・・・・・・・・・・・」

そう男は至極真面目な顔をして佐助の顔の感想を述べた。そして先ほど手渡された麦茶を一口飲んだ後グラスの中を
眺めながら氷は入れんほうがいい。とまるで独り言のよう呟くともう一度視線を佐助に戻した。

「いつまで突っ立ってやがる。さっさと座れ。ほら」

片倉はまるで自分の家のように佐助に座布団を差し出した。そんな男の言動を一部始終見せられていた佐助は思わず
ここ俺ん家?と疑問に思ってしまうほど目の前の片倉は寛ぎきっている。えぇ何よこれ。と佐助は困惑しながら
それを口に出せる筈も無く、黙ったまま差し出されら座布団に腰を下ろしこれからこの男とどう会話をしようか考えた。
しかし、そんな佐助を余所に当の片倉本人は家に尋ねてきた際に持ち込んでいたノートパソコンをいそいそと
取り出し電源を入れる。お互いどちらも口を開いてない時計の秒針の音しか聞こえない部屋にパソコンが
立ち上がったのを知らせるどこか涼しげな音が居間に響く。


それから片倉はカチカチ、カチカチとなにやら入力しながら黙々とパソコンに向かっている。


なんかさ。借りてきた猫っぽくない?佐助はそう思った。いや片倉がではなく佐助自身が自宅にいるのにも関わらず
借りてきた猫のようになっている。おかしいなぁと佐助は少しだけ声に出して言ってみた。しかし佐助の声は部屋に
響くキーボードを打つ音にかき消されて少しも響かない。だから当然片倉にも伝わらないらしく何も言わない。

まぁ例え聞こえていてもこの男は自分が答えたいときにしか答えないような人だけど。



――だから答えなんて期待しちゃいないけど。 


「なんかそれって虚しいっていうか悲しいじゃない」 

「何がだ」 

ふいに返事が返ってきた。佐助はあまりにも意外な出来事に思わず、はぁ。と呆然としながら間抜けな声を上げた。
だってありえないだろう。これまでこの男は自分の興味があって話すのが面倒で無い時や絶対に返事をしなければなら
ない時にしか返事を返さないような男なのにまさか佐助の殆ど独り言のような言葉に反応するなんてありえないと思っていた。 

「おい。だから何が悲しいのかって聞いてんだ阿呆が」 

そして未だに反応を示さない佐助に片倉が痺れを切らしたのか次に口を開いたときには大分口調が恐ろしくなっていた。 
大体この人、本人は無視するくせに自分が無視されるのが嫌いなんだなぁ。いい性格してるよマジで。
佐助は問い詰めてくる男の顔を思わずじっと眺めながら、別に何でもないですよ。とへらりと笑って見せた。 

これじゃあ誤魔化しきついだろうなぁ。 

「誤魔化すな」 


あぁ。ほらやっぱり。聞いてほしい事聞かないくせにこの男は。どこまでもわけがわかんねぇ。 

「・・・・・・別に何でもないけど、なんならいつも返事してほしいか・・・なぁなんて思っただけですよ」 

するとどうだろう。目の前の男は顔を微妙だが驚きの色を伺わせた。そして佐助を見ていた色んな意味で
強い印象を与える蝋色の瞳が不意に佐助から視線を外しどこか別のところを見ながら段々と眉間の皺が深くなっていく。 

―――俺、なんかいけないこと言った? 

いや、特に何も問題発言はしていない筈だ。しかしこの顔は。 
眉間に見事な皺の山脈を築いた片倉は顎に指を添え、むっと何かを考えているようでピクリとも動かない。
佐助はその様子を見ながらやっぱり恐ろしい顔の人だと思った。 

そして何を考えていることが佐助にはわからない。

ここ最近はメールも始めたから連絡をとる回数が増えた筈なのに、佐助には未だに片倉の事がよくわからなかった。 

まぁ、きっと本人すら自身の気持ちに気付いていないのに他人がわかる筈なんでないのだが。 

佐助はふっと軽く息を吐き、最近この人に絆されてるなぁと胸の中で呟いた。 


「せんせい。俺なんか悪いこと言った?すっげぇ眉間に皺よってるぜ?」 


俺さ、先生じゃないからさ色んな事言ってくれないと先生の事わかんないんですけど。

佐助は他所を向いてしまった片倉の顔を覗き込むようにしながら少しだけ体ごと片倉に近づいた。 
なんだかなぁ。こんなに怖い顔のおっさんなのにどうかしてるぜ、最近何となくだが 


「俺、あんたの事知りたいんだけどね?」 


うわぁ。俺さまって相当気持ち悪いわ。佐助は自分で言った言葉に動揺しながら何とかそれを表に
出ないように堪えた。正直こんな事考えたことなど一度もなければ片倉に対してどう思っいてるかなど気に
もとめていなかった。かといって口からペラペラと思ってもいない事が勝手にでるほど佐助は自分が
そこまで腹黒いとも思っていない。ならば本心なのだろうか。 

この人といると自分までわかんなくなる。 

とりあえず自分の仰天発言に一通り驚いてみた佐助は目の前の機嫌を損ねたおっさんに視線を戻した。
あんだけ気持ちの悪いこと言ったのだ少しはリアクションを返してくれねば恥ずかしくて居た堪れない。 

そして待つこと約十秒ちょっと、ようやく片倉は佐助のほうに顔を戻した。相変わらず怖い顔のまま。 

「・・・・・・そんなくせぇことは女に言え」 

うん。そうだね。俺様も自分でそう思うよ。と佐助はへらりと笑いながら片倉に答えた。すると片倉は阿呆
と言いながら段々と眉間の皺が先ほどよりも少なくしていた。あぁもう怖い顔じゃない、佐助はそう思った。 

大体近けぇよ。と片倉は佐助の体をトンと押すと佐助はそのまま両手を後ろに付きながら上半身だけ後ろにずらした。
佐助はその体勢のまま、で?どうしたのさいったい。と尋ねた。 

「・・・別に」 

すると少しだけ困ったような顔をしながら片倉は渋々口を開いた。 

「別に、ただてめぇが変なこと言うから」 
「・・・どこが」 
「返事がないと悲しいとかそうでないとか・・・」 
「・・・・・・」 

会話の途切れた少しの間に佐助は盛大な溜息を吐いた。あぁ今ので老後あたりの幸せが逃げたかも。そしてあんた
ねぇあんた本当に教師かよ。と独り言のように言いながら逸らしていた状態の体を元に戻し目の前の蝋色の瞳を覗き込むように見た。 

「困るねぇ、片倉君は。人間誰だって返事をしてもらえないと悲しいだろう。
 こんな事幼稚園児でも知っているよ!そんな事もわからないようじゃ猿飛先生は悲しって痛った!!」 

佐助は胸を張りながらふざけた先生口調で話していると全て言い切る前に目の前にキラキラと星が散った。
片倉が固く握り締めた拳を佐助の頭に振り下ろしたのだ。 

「そのふざけた話し方をやめねぇと殴るぜ」 
「もう殴ってるよね!言う方が遅いよね!ぎゃあ痛いったら!」 

佐助の必死の抗議中にも問答無用で拳を振り下ろしてくる片倉に佐助は本気で涙ぐみそうになりながら
頭を両手で庇い片倉の間合いから逃げようとした。 




「・・・・・・悪かったな」 



逃げようと中腰になりながら後ろを向いている佐助に片倉は小さな声で呟いた。もう拳は下ろしている。 

「へ?」 

あの。ごめんなさいよく聞こえなかった。と振向きながら言う佐助に片倉はなんでもない。と言いながら開い
ていたノートパソコンを少し操作した後に電源を落とした。あれ?もう仕事いいの。と佐助が尋ねるともういい
と言いながらパソコンをカバンにしまってしまう。


「仕方ねぇだろ。仕事をしてるとてめぇが寂しがるからな」 

そう言いながら片倉は不適に笑って見せた。 

ん?何だか都合良く事実が捻じ曲げられてる気がする。
そう佐助は思ったがこんな風に笑っている片倉に余計なツッコミは入れないほうがよいと最近学んだ佐助はあえて何も言わずに
あははと笑って誤魔化した。それにようやく片倉の機嫌が良くなったのがわかったので佐助はもう何でもいいやと思った。 



って、あれ?ところで何でこの人は家にいるんだろう。
と根本的な疑問が何ら解消されていない事に今更思い出した佐助は言い出だすタイミングを完全に外してしまった。 
この人はいつまで居る気なんでしょう。とは決して聞けない佐助はとりあえず
夕飯を二人前作るかどうかを考える事で現実逃避をはかることにしようと思った。 





そして、この前のように先生を付けずに名前で呼べと強要されるのは今日から数週間後の話。 









おわり 



拍手に載せてました。 
気付いたら感想いただけるまでになったこのシリーズ。サスコジュサスです(強調) 
私個人はサスコジュの方が割合が多い気がします(気がするだけです) 


2007.10.01
2008.03.09ちょっと加筆、修正




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