ごうごうと激しく燃えさかる炎がいくつもの火柱となって火の粉を散らしながら熱風と共に夜空へと舞い上がる。 四方全てを炎の壁に囲まれてしまい息をするにも空気が酷く熱を帯びており喉に纏わりつくようで、とても不快 で許されるのならば呼吸などしたくなどない。灼熱地獄とは大方この様な所の事を指すのだろう。 佐助は体温を自在に調節できる己の体からじわりと汗が滲むのを感じながら目の前の地獄絵図に等しい光景を見 渡しながら考えた。 「俺様としたことが偵察の時を見誤っちまったみたいだな」 佐助の輪郭に沿って着けられた鉢金が辺りを覆い尽くす炎が発する熱気に当てられ熱を帯びてくる。 頬や額に直接触れている所がどんどん熱くなってくるの感じた佐助は舌打ちを一つすると炎の中に、すっかり熱 を帯びた鉢金を放った。 武田道場の地下も恐ろしく熱かったけれど此処もまったく負けていない。佐助は思わず苦笑する。 ああまったく。俺様とあろうモノが。 この人呼んで猿飛佐助様が。 「ごめんよ旦那。今回は俺様無事に帰れる気がしねぇや」 佐助は目の前で後ろに腕を回し涼しげに此方を見ている人物を忌々しげに見据えながら表情とは全く異なった口 調で優しげに、目の前には居ない己の主に向かって話しかけた。 光源を見失ったならソコは闇 「卿からは光を貰おう」 そう目の前の男に言われた時、佐助は咄嗟に何のことを言われているのかさっぱり理解できなかった。 俺から光?生憎そんな物持ち合わせている記憶など無い。しかし男、松永久秀が言うそれは佐助の持つものの事 では無いと佐助は直ぐに理解した。 卿からは光を貰おう。 『光』そう言われ真っ先に脳裏に浮かんだのは己が主の事だった。まさか、この男、真田幸村に何かする気なの だろうか。そんな事はさせるものかと佐助は手にしている漆黒蟷螂を殊更強く握りこむ。すると佐助の手の中の それはまるで佐助の気持ちに同調するように周りに帯びている闇を濃くした。 「卿に問おう。私が言う光とはいったいなんの事だと思うかね」 「あんた、真田の旦那に何かしようってんなら、ただじゃおかないぜ」 「おお怖いな。ほう。しかし卿の思う光は己が主の事なのか。意外だな」 「何が言いたい」 忍である己でさえじわりと汗を滲ませているというのに目の前の男は汗一つかかず、一見優しくも見える笑みを 浮かべながら甘さを含むような声色で佐助に語りかけてくる。 「私はてっきり、卿の光とは他国のくのいちの事かと思ったのだがね」 「・・・あんた、忍なめてんのか?」 「いやいや失敬。そんな怖い顔をしないでくれたまえ気に障ったのならば謝ろう。 すまないね。そういった感情は持ち合わせていないのかな」 「・・・あんた、本当に何が言いたい。何を俺に言わせたい」 佐助は項の生え際がぞわりと蠢くような感覚に己がこれでもかと言うほど怒気を孕んだ声を発している事に気付 いた。形相もそれに見合ったものだったのだろう。松永は本当に楽しそうに笑い声を上げる。燃えさかる炎の轟 音とその笑い声が辺りを掌握しているようでで、佐助は無意識に唇を噛んだ。 「いやはや、卿はまったくどうして、忍らしくないな」 「・・・・・・」 「卿の光とは、卿の主の事でも女のことでもないのだろう?どうかね」 「・・・・・・あんたはいったい」 「卿は、闇は好きかね?忍は己のことを陰と言うようだね」 男は後ろに組んでいた手を片方だけ動かし足元を指差して見せる。 佐助と松永の足元には四方八方からの炎に照らされていくつも姿を現した薄い影がある。 指で示した松永は、卿は主の影なのだろう。 影は光が物を照らした時に出来るものだ。どんなに暗い所でも少しの光さえあれば影は簡単に出来る。 今とてそうだ。上に広がるのは夜空だと言うのに辺りがこんなに燃えさかっていれば簡単に影はいくつも出来る。 卿はこの影なのだろう。 影は光があるからこそ影という名で存在を許されるのだよ。 しかし、闇はどうかな。闇は光が当らぬ場所のことを指す。卿は陰か?それとも闇か? 目の前の男がまるで歌でも歌うようにつらつらと言葉を並びたててゆく。 光だとか影だとか闇だとか。何を言っているのか少しも理解が出来ない。もしかしたらあまりの灼熱に脳がどう にかなってしまったのかもしれない。佐助はそれならばそれでもいいような気がした。この男、松永の言ってい る事に耳を傾けてはいけない気がする。忍の勘のようなものが先ほどから激しく警告音を発している。 この者の言葉を聞いてはならない。でないと大切なモノを失ってしまうような気がする。 「卿は光を失って陰から闇に墜ちるのが怖いのだろう?」 「卿は己の保身の為に眩いばかりの光を受けている真田幸村という媒体に寄生しているだけなのだろう」 「闇は怖いかね?己と他人との区別がつかなくなるのが恐ろしいかね?」 「しかし、卿は闇に愛されている。見たまえよ、手にしている血脂のついたそれを。 漆黒すらも明るく思えるほどの闇を卿は手にしている」 あの夜空を飛んでいるあれも、卿の飼う闇なのだろう?松永は目を細め楽しそうに空を見上げる。 松永が完全に視線を佐助から外した瞬間、佐助は有無も言わさずに手に持っている漆黒蟷螂を松永に向かって力 の限り投げ寄越す。闇を孕んだそれは耳に痛い程に風を切りながら松永に襲い掛かった。しかしそれを松永はい とも容易く避してしまう。だが始めからその動きを予測していた佐助は寸でのところで漆黒蟷螂と己の手とを繋 いでいる鎖を引き、回避した松永にニ撃目を与える。 「何をそう慌てている」 松永は佐助の動きを完全に読んでいたのだろう。まるで後ろに目でも付いているように容易く二撃目も回避した。 身を翻した松永はそのまま踏み出し、ぐいと佐助との間合いを詰める。佐助はそれに気付き直ぐにでも今の位置 を移動したかったがまだ漆黒蟷螂が手元まで戻ってきていないため下手に動く事も間々ならない。 目の前の男は忍の佐助ですら目を見張るほどの疾さで移動する時がある。今、その疾さで距離を縮められるとい くら接近戦が好む佐助とて決して好ましい物ではない。 「!!」 瞬きをする間もなく体と体が触れてしまいそうな距離にまで松永は接近してきた。まったくこの男の動きはどう なっているのか。しかしそんな事を考える暇や余裕などなく、それでも寸での所で松永の刀をもう片方の漆黒蟷 螂で止める。ギチギチと刃と刃が力で押され不快な音を発する。 佐助とて幸村ほどではないが腕力にはさほどの自信はある。しかし佐助が全力で返そうとする刃を松永は相変わ らずの涼しげな顔でそれを押し止める。それどころか明らかにこちらに押し始めている。 「・・・ぐっ!!!」 「余裕が、ないようだな」 「っは!冗談!」 相手の押す力を反動にし、佐助は一気に後方に飛び上がる。充分に間合いを確保できる距離まで離れ佐助は着地した。 しかしその刹那に松永から放たれた3筋の業火が素早く佐助を追って伸びてくる。咄嗟にそれを空蝉の術で回避 したがそれでも完全には防げず二度目の着地の際に思わずよろけてしまう。 「卿が闇に呑まれ絶望に染まる様を見せてくれ」 卿はとても卑怯だな。卿は己が光を浴びてその汚れた身体を晒すのが怖いのだろう。 かといって姿形を完全に見えなくしてしまう闇に溶け込むのも同じほど恐怖している。 だからその間の陰と名乗り光に寄生して自らをごまかしているのだろう。主すらも欺いて。 そんなに己の存在を消してしまうのが怖いかね?他国に名を馳せているのもその為なのだろう。 戦忍として名を成し、忍で在りながら主の隣を居場所とし、主が一番に己を必要とするように仕向け。忍びで在 る立場すらも利用して己の存在を確固たるものとしようとしている。 なかなかに卿という男は、忍に不向きだ。 「そして卿は主のただの刃でいることすら嫌なのだろう。 使い物にならなくなった時に捨てられてしまうからな」 目を細め口角を吊上げ低く響く声で、優しくそれでいてまるで佐助の脳を鷲掴むように松永は語る。 何か歌でも読んでいるような錯覚すらしそうなその静かなそれに佐助は思わず両の手にある武器をかなぐり捨て 耳を塞いでしまいたくなった。 松永の言葉の全てを佐助は否定しようとした。しかしその否定が喉から口から音となって出て行かない。 男が話せば話すほど佐助はまるで全身に心の臓が分散したように体中が脈打ち、耳の後ろでも燃えさかる豪火の 音すら掻き消しそうなほど煩く脈が鳴り響いている。違う。間違いだ。そう口に出したい。そして己にその言葉 を聞かせたいと佐助は無意識に思う。きっと佐助自身が一番否定を望んでいるのだろう。 黙れ、黙れ、黙れ。と松永が言葉を紡ぐ度に脳に悲鳴が木霊する。言うな。聞きたくない。言わないでくれ。こ れは聞いてはいけない。段々とまるで手が痺れたように漆黒蟷螂を握る両手から握力が消えていく。そして佐助 は気を抜けば膝が抜けてしまいそうな己にギリっと下唇を噛み込んで耐える。 「卿はーーー」 「・・・やめろ」 「ふん。卿は」 「卿の光というのは己の保身の為に常に貪欲に模索する希望のことなのだろう? 卿の光は卿の生に対する執着心の事なのだろう」 「卿に絶大な信頼を寄せているだろうあの虎の若子がまったく、哀れで仕方ない」 卿は、死ぬのも、己を失うもの、物になるもの、表に出るのも、何もかもが嫌なのだろう。 そうやって闇に少しずつ飲まれているのにすら気付かず。じわりじわりと侵されてゆくのだよ。 あぁあ卿のその顔が見たかった。今漸く気付いたのかな?己の浅はかさに。それとも知っておきながら尚知らぬ 振りをしていたのかな。卿は自分が思うよりもずっと、血塗れているし、闇そのものではないか。 ざぁぁああっと佐助は血の気が引く音を耳の奥、脳の近くで聞いた気がした。 きっと今己の顔は辺り一面が炎で明るく照らされているのにも関わらずさぞや真っ青な血の気のない顔をしてい るだろう。 読唇術などに長け心理戦や諜報活動を得意としている忍である佐助が、こうもつらつらと己ですら自覚をしてな い己の中の物を並びたてられた事に佐助は恐怖した。光だ何だと松永の話すことはどれも抽象的ではあるけれど 佐助の本質をその本人に語るとなれば十分に事足りる内容である。 松永の言葉を否定した端からまるで冷や水を浴びせられるように吐き出される言葉。佐助はこの場から耳を塞い で逃げ出したくなった。 最早佐助は先手攻撃など仕掛ける余裕などなく、ともすれば漆黒蟷螂を力の限り握れている自信すらない。 佐助は産まれて初めて、頭が真っ白になり思考が停止した。聞こえるのは己の心の臓の規則的な音のみだ。 「その顔が見ることができただけで私は充分に今こうやって生きている事に感謝しているよ」 とても静かに、そして楽しそうに松永は言う。いまとても気分がいいと。 そして半ば放心状態にあった佐助を見てもう一度満足そうに頷いてみせる。 そうして、一言「でもそろそろお別れだ」と微笑んだ。 「これで卿はきっと私の事を死ぬまで忘れない」 それはとても魅力的だ。 建物自体が燃え始めていったいどれほど時が経ったのだろう。辺りでは所々で燃えきった柱が凶悪な音を立てて 崩れ始めている。周りの建造物がけたたましい音を立てて崩れる様がまるで佐助の胸の内を比喩するそれのよう で火の粉として舞った灰が風に靡いて瞬きを忘れたように見開いた佐助の睫に飛来する。 膝は今にも笑い出しそうになり徐々に力が抜けてゆく。まるで幻術にでも陥っているように錯覚だ。否、幻術で あればどれほどましであろうか。 「そして、死ぬまでその闇に蝕まれるがいい。卿にはその義務がある」 松永がそう口角を上げ決して上品ではない笑みを浮かべた。そして右腕をゆっくり頭上まで待ち上げる。 その刹那。激しい爆音と共に目の前が真っ白になった。精神的に視界が閉ざされたのではなく本当に視界がゼロ となった。そしてそのまま佐助は意識をなくした。 「佐助。さすけ、大丈夫か佐助」 「だ、ん・・・旦那?」 「おお!佐助!目が覚めたか」 「・・・・・・こ、ここは?おれ、生きてんの?」 「本殿の方で爆発が起きた時には肝を冷やした・・・何があったのか覚えておらぬのか」 目の前にある己の主に顔に心底佐助は安心し続いて辺りを見渡すと佐助と幸村のいる場所は大仏殿から程なく離 れた所に居た。今は日が沈み夜のはずだが不思議と空が明るく感じる。それは今だ燃え続けている大仏殿からの 火柱が辺りを明るく照らしているのだと風に乗って灰が舞い落ちるのをぼんやり目で追いながら知った。 何があったのだろうか。佐助はあの時、己はあのまま殺されてしまうのかと思った。否、正しくは殺して欲しい と思った。あのまま気が違えてしまいそうな事をずっと語られるのであればいっそ一息にこの身を切り裂いて欲 しいとすら願った。 佐助はあのとき本殿の中で言われた言葉を不意に思い出しあの時同様己の身から即座に血の気が引いていくのを 感じる。あの男の言った事は戯言だ。あんなもの思い出しちゃいけない。 佐助は無意識に松永の唱えた言葉達を脳内で次々と思い返してしまい、そのあまりの胸糞の悪さにそれまでゆる りと力を抜いていた拳を握り締めた。何処かに力を入れておかないと気が違えてしまいそうだ。 それまで佐助の体を支えていた幸村は急にガタガタと体中で震え出す佐助に驚いた。顔を覗き込むようにすれば 光の加減などという言い訳もできないほどに顔色を青くして元々色の濃くない唇は乾ききりそれにかわいそうな ほど真っ白になっている。 「・・・・・・何かあったのか、佐助」 「・・・・・・・・・」 「大した怪我はしておらぬようなのだが・・・すまぬ。もう少し某が早く辿りつけていれば・・・」 「・・・だん、な」 「どうした?」 「旦那、真田の旦那にはちゃんと俺が見えてる・・・?」 「?佐助?何言っておるのだ・・・」 全身の震えが少しも止まらぬ状態の佐助は口を戦慄かせながら同じように酷く振るえた両手に視線を落す。 その様を不審そうに幸村は見詰めながら、何がどうしたのか少しもわからないが、とりあえず佐助が少しでも落 ち着くようにと支えている背を擦った。 「俺はちゃんと、ここにいる?」 「何を言っておる、お前は、いつも某の横におるではないか。今も、佐助は某がきちんと支えておる」 だから、何があったかわからぬが、案ずるな。 な。と幸村は普段を全く印象の違う佐助に戸惑いながらも、今の佐助の危うさを無意識に感じ取り静かに背中を 撫でる。未だにたまにぽつり、ぽつりと言葉を零す佐助に一々、安心しろ、大丈夫だ。と言葉を重ねてやる。 いったい佐助に何があったのだろうか、大仏殿にいたであろう松永久秀の姿も見つかっていなければ、火の回り が激しく今は誰も大仏殿に入れない状態になっている。 消火も勿論できていなければそんな危険な事を他の兵にさせるわけにも行かず、ただただ余所に飛び火しないか を警戒するだけで精一杯なのが現状となっている。 そうつらつらとここ数刻の事をお見返す幸村にふと小さな声が聞こえた。 「俺は、ここに居てもいいん、だよね?」 それがあまりにもか細くいつもの佐助のそれとは全く違っていて、幸村は思わず所々焦げだ忍び装束を纏った佐 助肩を強く抱きしめた。抱きしめて、バカな事を言うな。お前がここに居らぬでどうする。と幸村のほうが怪我 でもしているかのように辛そうに言葉を吐く。 しかし、今の佐助にはその主に言葉の唯の一つも信じる事ができなかった。 佐助は幸村の声をどこか遠くに聞きながら轟音と共に聞いたあの纏わりつくような声色が脳裏にこびり付いている ようで後から後から次々に男の言葉が溢れてくる。 離れた所で上がる火柱はまるでその佐助の様を嘲笑うかのようで、未だ少しも弱まる気配を見せない。 おわり はい。ごめんなさい。佐助の『光』って何だろうって私なりに考えたんです。 そしてら、暴走しちゃった!えへ☆(死ね 佐助が可哀想で仕方ないです。でも怯えてる佐助とか病んでる佐助が好きなのです。 それにしてもまっつんは美味しいキャラですね。何でもしてくれます。 今回は妄想の代弁者になってもらいました。 2008.03.17 ブラウザバックでお戻りください。