起きて、おきて、と遠くの方で誰かが言ってるような気がした。でもその声に覚えはなくそれでも何となく 初めて聞く声でもない気がする。 遠くから聞こえてくるそれは段々と近づいてくるように大きく鮮明になっ てくる。だが、起きて。と言われたとこでせっかく寝ているのだから起きるのもなんだと小十郎は思った。 しかし暫くすると声が聞こえなくなった。 諦めたのかと小十郎はこれでまたゆっくり寝れるな。と思った。 だが一安していると急にどこからか、ぱちんっと何かを叩くような軽い音がした。 小十郎はその音をきっかけに急に意識が上昇しているの自分でわかるぐらいはっきりと目がどんどん覚めてくる。 ああ、朝か。小十郎はそう思って瞼を持ち上げた。 「あ。おはよ」 「・・・・・・」 「どうだった?よく寝れた?」 「・・・もう朝か」 瞳を開くと小十郎の顔を覗き込むようにしている、寝る直前まで顔を合わせていた男の顔がそこにあった。 男は、佐助はもう7時だよ。と言いながらニコニコとしていて、お呪いはどうだったと問うてきた。小十郎は それに答えるようにゆっくり体を起こした。その拍子に前髪が顔の前に垂れてきたのを大きな手でかきあげ後 ろに流した。 すっきりしている、小十郎はそう感じた。睡眠時間の感覚的にはたいした時間寝ていないよう な気がするがその短時間だというのに少しもダルさを感じない。 「お前の言った通りだが・・腑に落ちねぇ」 こんな説明のつかないような事は信じない小十郎であったが実際にそれを体験してしまうとそれを認めないわけ にもいかず、頭はすっきりとしたが胸のうちは少しもすっきりしなかった。 その心の消化不良のようなものが顔色に表れていたのだろう、佐助はクスクスと笑いながら、俺様基本的に万能 なんで。空だって飛べるぜ、と言ってみせた。 「それはねぇ」 「信じなくてもいいけどね」 それよりさ。と佐助は何かを思い出したような素振りでわざとらしく手を打った。 朝ご飯を作ってみたんですが食べる?とにっこりと笑いながら佐助は首を傾げてみせる。それにしてもこの男は 顔の筋肉が攣ってしまいそうなほどなんと笑顔の絶えない男だろう。 朝飯を作った。という佐助に小十郎は正直な所、佐助が自炊ができる事にまず驚いた。それこそ知り合ってまだ たったの一晩しかたっていないが、否、だからこそ見た目でしか佐助の事を判断するしかなく。だからてっきり 小十郎の佐助の印象を『何にもできない人』と思っていたのだ。 昨夜だって片付けを任せて寝てみたものの、朝起きて自分がすればいいとすら小十郎は思っていた。 だから佐助からすればそれは、 「失礼な!!」 な事以外の何ものでもなかった。 佐助は小十郎の心を読んだのかそれとも無意識に佐助の事を疑うような目で見ていたのか佐助は見縊ってもらって 困るこれでもしっかり者なんだぜ。と佐助は嘘か誠か判断し難いことを胸を張って言った。 「で。食うの食わないの?」 「あぁ。もらおう」 「俺様の腕前に恐れ慄くといいよ」 そう不適に言い放つと佐助は先にリビングにいっていると部屋を出ていった。 それを見送った小十郎は何故、寝る間際に知り合った名前以外全く知らない人間とここまで慣れ合っているのか 不思議に思ったが食事の話をされると現金にも空腹を覚えた胃と出勤前であまりダラダラもしてはいられないと 小十郎はあまり深く考えなかった。正直なところ害がないのなら問題ないだろう。そう思ったのだ。 ぎしりと小十郎はベットから降り、んっとひとつ背筋を伸ばした。ここ数日前から立て続けに残業をしている小 十郎に上司の政宗が今日の出勤は昼前でいいと言ってくれたためこんなにゆっくりとした朝が過ごせている。 それに事の経緯はどうであれ朝起きたらもう朝食が出来ているなど、まさに棚から牡丹餅ではないか。 リビングのドアを開けるとコンソメの匂いがふわりと流れてきた。 「洋食か」 「あれ。きらい?」 「いや・・・だがどちらかというと朝は和食のほうが多いな」 「そうなんだ。連れが朝はブレッドだ!っていうからついね」 佐助の言葉にそうか、頷いた小十郎はテーブルの上に既に置かれている皿の中を覗いた。 スープカップにはタマネギとベーコンのコンソメスープ、先ほどの香りはこれだったのだろう。そして平皿にはセ ロリとトマトとキャベツの卵とじがふわりと盛られてきた。和食を好む小十郎はあまり家では口にした事の無い組 み合わせで意表をつかれたがとてもいい匂いのするそれにたまには洋食もいいかと思った。 「でもねー残念な事にご飯なんだよね。いやぁ作り出す前にパンあるか見とけばよかった」 「べつに白飯でもいいんじゃねぇか」 そう佐助の言葉にフォローを小十郎が入れると佐助は嬉しげに笑いながらじゃあご飯をつぎましょうかね、とテー ブルの上に伏せてあった茶碗を持ってキッチンに入っていった。 その後姿を見ながら佐助が茶碗をひとつしか持っ ていなかったこととテーブルの上の料理が一人前しかないのを見て小十郎は、はて?と首を傾げた。 「お前さんの分は」 「あぁ。俺様もう帰んないと」 「ついでに食っていかんのか」 「んー。そうしたいのは山々なんだけど早く帰らないと外出されちゃうとまた家に入れない・・」 鍵を持っていないのか、と小十郎は思ったが持っていないから一晩うちに泊まったし早く帰らねばなどと言うのだろう。 難儀やつだな。小十郎は佐助に言った。すると佐助は盛った茶碗を手にこちらに歩きながら肩を竦めてみせた。 まぁこういうときもあるさ。佐助はそう笑いながらも茶碗をテーブルに置き、早くお食べよと勧めた。 「どうせなら一口くらい食べるとこ見て帰るから。それにしても中々素敵な冷蔵庫だ料理好きなんだね」 「まぁあ。そこそこにな」 本当にもう長居をする気がないのだろう。佐助は椅子には座ろうとはせず立ったままだ。 そんな佐助を横目に小十郎は軽く手を合わせると、卵とじを口に入れた。 「ん。本当に料理が出来たんだな」 「え。信じてなかったのかよ・・まぁいいけど。 じゃあ俺様、本当にそろそろお暇するよ。一晩泊めてもらっちゃってありがと」 「ああ。これに懲りたら、もう道端に倒れんなよ」 「気をつけます」 それじゃあ。と佐助は軽く手を振って、またね。と言った。『またね』とはこいつはまたうちに来る気なのかと 小十郎は思ったが佐助自体がこれまで関わってきた人たちの誰とも似たタイプがいないこともあってか面白そうだ。 とこの奇妙な出会いもありかも知れないと思った。 始め叩き出そうとしたり、それこそ倒れているときに声を 掛けようか躊躇したのが嘘のようである。 またね。と言った佐助に小十郎も、ああまたな。と返すと佐助は少しだけ驚いたような顔をしたが直ぐに心底嬉 しそうに微笑むとそのまま玄関の方へ行ってしまった。 少しすると玄関口からおじゃましました。と声が上がりそれに並ぶようにして玄関のドアが閉まる音がする。 急に静かになったような部屋を少しだけ見渡した小十郎は佐助を招いたのが久しぶりの来客であることを思い出した。 ここのところ本当に仕事が忙しく色々な企画からプレゼンから商談、会合、本当に何から何までこなしていて会 社の誰か意外と会うなどと全くしていなかった。 突然ではあったが久しぶりに仕事以外のことを考えたり話すことができたりで少しストレスの発散になったよう な気がする。 ああゆうのも悪くない。小十郎は再度そう思う。 どうせなら連絡先なりでも聞いておけば良かったとシャワーを浴びている途中に思い至り小十郎は少しだけその事を悔やんだ。 ○○○ 『小十郎』 「はい。何でしょうか政宗様」 他の社員よりも少し遅れて出勤した小十郎は同僚の引継ぎやら部下の報告やらに追われていた。 するとデスクの横にある電話機から内線のコールがする。政宗からの内線のようだ。政宗はここ数年で急激な成 長を遂げて今や大企業の仲間入りかと謳われ始めている小十郎の勤める会社の社長である。 一代にしてここまで の急成長ぶりや社長という肩書きに捕らわれないフットワークの軽さや若さに反した読みの深さ、あと政宗自身 の人格も手伝い政宗の部下にあたる社員全員が政宗のことを心から尊敬している。勿論小十郎も例外でなく政宗 と会社のためならばどんな事だってできる自信があるほどに政宗を誰よりも尊敬してやまない。 そして常に政宗の期待に応えつづける小十郎は今や誰もが認める政宗のパートナーとなっている。 『ちょっとな。今平気か?平気なら部屋まできてくれ』 「では・・・10分後で構いませんか?」 『ああ。待ってる』 10分後に政宗を訪れなければならなくなった小十郎は、はて。と思わず手を止め考えた。何か急ぎの事だろうか。 しかしそれならば直ぐにこいと政宗は仰られるだろう。 ならばそこまでの重要事項でもないのだろうか。中々思 い当たる節が無い小十郎は一通り考えてみたが矢張り何も思いつかない。ならば行って聞くまでと直ぐに頭を目の 前に仕事に小十郎は切り替えた。 「ったく。夜くらい帰ってこいよ。起きたと思った即日フラフラしやがって」 政宗はデスクに肘を付き頬杖を突きながらこれ見よがしに溜息を吐いて見せ、横に立っている男を軽く小突いた。 「優しい俺は寝ずに待ってやってたのによ」 「絶対嘘だね」 「ああ。即座に鍵掛けて直ぐに寝たぜ」 「なんでそう性格悪いかなぁ」 「てめぇに似たのかもな」 「俺様、性格ちょうがつくほど良いんですけど」 「絶対嘘だな」 「・・・・・・あんたもね」 「政宗様。小十郎です」 するとコンコンとドアをノックする音が部屋に響き廊下から小十郎の声が聞こえた。 ふたりはその声は聞いて口角をにぃと上げて笑った。 「入れ」 政宗がそうドア越しに言うと小十郎は、はい。と返事を返し静かにドアを開けた。開いたそれの向こう側からパ リっとスーツを着こなした小十郎が失礼します。と入ってくる。 そしてドアを閉めながら顔を上げた小十郎の顔が一瞬のうちに驚きの表情へと変った。思わず目を見開く小十郎 に政宗はおかしくて仕方ないのだろう必死に笑い出すのを堪えるように頬杖を付いていた手を口元に持っていく。 「・・・っ!!?」 「やっ!片倉の旦那朝振り!!」 社長室に政宗と一緒にいたのは今朝、部屋で別れた猿飛佐助その人であった。 「・・・・・・さ、猿飛?どうしてここに」 佐助は今朝小十郎の部屋で別れたままの格好で当然のような顔をして政宗のデスクの横に立ってニコニコとこち らに向って手を振っている。 その佐助の様子と驚きでドアの前から動けなくなってしまった小十郎の反応に政 宗は腹を抱えたいのを堪えクスクスととても可笑しそうに笑っている。 「どういうことですか、これは」 「なんだ佐助、お前ちゃんと説明してんじゃなのかよ」 「え。説明って何を。俺からしたら竜に旦那に会うまでふたりが知り合いだなんて思いもしなかったわけで」 えっとね。俺様が一緒に住んでるっていうのが竜の旦那でね。正確に言うと居候なんだけけどね。 それでさあの時間に旦那の家出たらもうこの人いなくてさ仕方ないからここまできたって分けでして。 そう佐助が簡単に事情を説明したことでとりあえず何故ここに佐助がいるのかという小十郎に疑問は消えた。 しかし会社に来てみた。と佐助は簡単に言うが佐助のあまりのラフな格好によくもまぁロビーで止められなかっ たものだとふと疑問が湧いた。会社のロビーには警備員が常にいる状態になっていてもし警備員が小十郎なら佐 助みたいな者がビル内に入ってきたら真っ先に注意するような気がする。 「よくロビーで止められなかったな」 「あぁ。ロビー通ってないし」 「こいつ忍び込みやがって」 小十郎の率直な問いにヘラリと笑いながら受付のお姉さん達には会ってないよ。と言う佐助を尻目に政宗が忍び 込んだと何でもないことのように言った。 「忍び込んだ?」 「忍び込んでねぇよ。ちゃんとお邪魔しますって言ったし」 「いきなり社長室の窓から入ってきたら不法侵入だろうがよ」 「窓?社長室の窓と言いますが、政宗様ここは最上階ですよ」 何を言っているのかと小十郎は二十何階立てのこのビルの最上階である社長室の窓からなど侵入できる筈などな いと政宗と佐助に言うと、政宗は先ほども言ったように、なんだ猿飛、ちゃんと説明してないのか。と言う。 すると佐助は、信じてくれないし。と両手を軽く振って笑って見せた。何の事だとひとり首を傾げる小十郎に政 宗は応接ソファを指しながらまぁ座れ説明してやるからと言いながらとても楽しそうな顔をしている。 佐助はその政宗の表情を見ながらまるで人事のように会社の重役がふたりで仕事をしないでいていいのだろうか と思ったが佐助も佐助で楽しかったので何も水を注すこともあるまいとヘラリと微笑んだ。 「で。どこから知りたい?」 「知りたいといいますか・・・納得できるようにと」 「OK。こいつ猿飛佐助は人間じゃない」 内容すっ飛ばして結論をはじめに言うあたり政宗らしいと思った佐助はそこは昨日説明したとは言わずに確実に 信じていないだろう小十郎に再度説明させるのもよかろうと政宗に全部言わせようと思った。そしてそのまま昨 夜と同じ事を上司にまで言われた小十郎はまさか政宗までそんなことを言い出すなど思ってもいなかったのか少 し狼狽える。 そんな小十郎の顔を見た政宗は本当に説明をしたのかと佐助を不審な眼差しで睨むが佐助はやはりヘラリと笑っ て肩を竦めてみせる。信じないとはこの事なのだろう。 「まぁいい。とりあえずこいつは人間じゃあねぇ。 じゃあ何なんだ。という話になるが・・・・・・それがよくわからん」 「・・・はぁ」 説明すると言っておきながらわからないとは、政宗の説明に若干でも期待していた小十郎は肩透かしを受け話を 聞いていた佐助はひとり腹を抱えて笑い出した。 「やべぇ。竜の旦那説明になってねぇ!」 「うっせぇな。正直あんたが曖昧なのが一番厄介な理由だろうが」 「厄介とかね。本人一番理解してる事言ったちゃダメでしょうが」 「・・・・・・」 まるで口を挟む隙間の無い二人の会話に小十郎は何でもいいから早く続きを話せと言いたくなったがここは仮に も上司の手前、会話に割って入るのを躊躇していると彼の上司が盛大な溜息をついて、面倒くせぇ。政宗は隠す 事無くそれを声に出すと佐助の方を向けていた顔を小十郎へ戻した。 そしていいか、よく聞けよ。面倒だから二度同じ事は言わねぇ。と政宗は話し始めた。 こいつはかれこれ数百年前まで人間だったんだが、正直詳しい年数とかもう覚えてねえけど。 当時から多少特異体質だった佐助は親がいなかった事も災いして住んでた村で浮いている存在だったんだと。 で、ある時酷い水害が起きて川が氾濫したんだ。 で、俺様人身御供になったわけ。 そう政宗の説明に佐助は軽く相槌を打ち政宗はうんうん。頷きながらも当時はそれが普通だったらしいからな。 と付け加えた。 それで川に落された佐助は特異体質も相まって色々その時に特別な状況が重なったんだろうが、死なずに一命を 取り留め尚且つ人間でもなくなったとそういう訳だ。you see? 「・・・・解りかねます」 「そりゃあね」 ひくつく眉間を押さえる様に親指と人差し指で目元を覆ってしまった小十郎は重たげな息を吐きながら一度で理 解できる内容では無いと告げる。それに佐助は仕方が無い。と頷いてみせ政宗に今の説明簡単に話しすぎなんじ ゃないの?少しだけ批難の目で訴えた。 その視線を受けた政宗は座っていた椅子の背もたれに体の体重をかける とそのまま少し椅子を後ろに引きながら綺麗に整理されてあるデスクの上に足を組んで乗せてしまった。 「しょうがねぇだろ。そんときの事お前憶えてねぇし、こっちからしてみればちょっと川が溢れただけで毎回ポ ンポン餓鬼投げ込まれてみろ、好い気しねえよ」 「・・・・・・政宗様?」 「An?」 意味を理解しがたいなりにも真剣二人の話を聞いていた小十郎は先ほどの話ので微妙な引っかかりを覚えている 自分に戸惑っていた。 それは佐助が数百年前の経緯や人間ではないという事ではなく、なんというか話が進んでいくにしたがって政宗 の説明がいちいち当事者のような説明でまるでその時々に自分もその場にいたようなニュアンスで語るからだ。 「猿飛が当時の事を憶えていないのでしたら政宗様は誰からその話を聞かれたのですか・・・?」 「「あ」」 「・・・・・・」 小十郎の質問に今度は佐助と政宗が固まる番だった。政宗は頭を抱えてしまっている。小十郎は一瞬何かまずい 事を聞いてしまったのかと思い頭を抱えた政宗を見たあと佐助のほうに視線を移すと佐助は佐助で政宗の方を見 ながらあはは、と苦笑いをしている。 そのふたりのあまり良くない雰囲気をただ事で無いと感じた小十郎は思わず身構えずにはいられなかった。 「あんたこそ話してなかったのかよ」 「oh, dear!」 「政宗様?」 しまった!と頭を思わず抱える政宗に佐助が冷たい視線で言うと彼はそのまま顔を両手で押さえてしまった。 あぁああ、と無意味な声を小さく発しこんなつもりではなかったとひとりで言っている。 「仕方ねぇな、じゃあ俺様が話したげるからちゃんと信じてよ旦那。 まぁ俺様のことはさっきので問題ないらしいんだけどね。あっちのほうが実はややこしかったりして」 そう話しながら佐助は政宗を指さすと、あれも人間じゃあないんだよ。といとも簡単に小十郎にそう告げた。 「は?」 「まぁ無理も無いね。あの人騙すの上手いから。俺様は『元』人間だけどあっちは元から人間じゃあないんだ。 竜神とかそんなんらしいよ。 で俺様が落ちた川を治めてたみたいで俺様の事助けてくれたんだってさ」 「・・・・・・神様と仏様の類か」 「むぅ。たぶん」 「で。でだ。仮に政宗様がそうだとしよう。だが普通そういうものは会社起てて社長なんかせんだろう」 「あーそれは」 小十郎の最もな言葉に佐助はバツが悪そうな顔をして政宗の方を見たが政宗は先ほどので機嫌を損ねたのかこち らの話しなど聞いていないようだった。 佐助は片手で後ろに流された髪を更にかきあげながら、言ってもいいのかな。と政宗を見やる。 「えぇっとね。竜の旦那は盛大な失恋をしちゃって未だに忘れられない想い人の事を考えないでいいように 会社起こしてみたり、社長してみたり人間として生きてみたりしてるわけです」 「・・・・・・・・・」 「可哀相な人だと言ってあげて」 「佐助!!」 佐助がそこまで言って初めて自分の話をされているのだとわかった政宗はそこまで話す必要はないと怒鳴り声を 上げた。 その政宗の怒り様に知り合ってそれこ数年になる小十郎は本当に怒っているのだとわかりそしてその 様が明らかに図星を指されて怒っているようにしか見えず佐助が言った事が本当なのだなとわかった。 「竜の旦那がちょっとしつこかったんだって」 「うるせぇよ!それにふられてねぇよ!」 「・・・・・・政宗様」 この政宗が他の事を考えないといけないほど想っていた人がいるだなんてこれまで政宗の右目だとか右腕などと 言われる事を誇りに思っていた小十郎にとって政宗の話は寝耳に水もいいところであった。 それそこ小十郎はこの会社に入社し政宗の下で働くと決めたときから政宗の事を尊敬しずっと見ていたのだ。 人間でないと言われた事もそこそこにショックではあったが常に横にいた政宗がそんな思いを抱いていたという 事が小十郎にとってショックな事であった。 「そんな可哀相なもの見るよな目で俺を見るな小十郎」 「政宗様。この小十郎そんな事とは露知らず・・・」 「いい。言うな小十郎」 「政宗様・・・」 「あの。キモイくらい見つめ合うのとか止めてくれませんかね」 明らかに途中から佐助が蚊帳の外的な雰囲気になりつつある中で佐助はふたりの間に言葉を割って入れた。 前々から政宗は佐助に会社に自分のやる事に上手についてくる凄い奴がいると言っていた。正直惚気かよと言い たくなるような口ぶりにいつも話半分しか聞いていなかった佐助は今回それが小十郎のことを言っていたのだと わかった。 お互いが単品の時に一緒にいるのは平気だがふたり並んで話すとウザイな、と佐助は今の会話を聞 いただけでそう判断した。暑苦しくて仕方ない。 「で、片倉の旦那信じてくれた?俺様人間じゃないの。 色々できちゃうわけですよ。空漂ったり。心読んだり。他多数」 「まぁ。日本版のVampireだと思えばいいぜ」 ヴァンパイア。そう政宗は言う。先ほどの話を聞いた限りでは特にそういった事は言ってはいなかったように思 うがと小十郎は首を傾げると佐助が、あのねと補足をするように付け加えた。 「俺様、極端に言うと人とかから精気とか摂取しないとダメみたいなんだ。まぁそんなことしないけど」 「で、たまに体力切れると長期睡眠に入りやがるんだ」 「・・・・・吸血」 「しないしない。吸わないからそんな不味そうなの!」 思わずヴァンパイアと聞いて映画の知識だったり本の知識だったりで安直に血でも吸うのかと小十郎が言うと佐 助はそれを全力で否定した。 血など吸うものか。という佐助にではどうやってと尋ねると佐助は曖昧に笑って 誤魔化してしまった。 「とりあえず栄養にいいものとかスタミナつくのとか体にいいものいっぱい食べるようにしてんだよ」 「あぁ。だから昨日は」 「うん。無農薬とか最高です」 それで漸く昨日の支離滅裂な話と今しがた聞いた信じがたい話が繋がったような気がした。体力が切れて倒れた というのも今考えると佐助にとって良くある事ではないのだろうかとも思えてくる。 現実主義者と思っていながら実は会社の上司の社長自体が実は人外だっただの笑い話にしかならないと小十郎は 思わず苦笑いを零した。 しかもその挙句に人間でないものを拾って、そしてそのふたりが知り合いで一緒に住んでいるという。物凄く雲 を掴む話のようで本当にもう笑いしか出てこない。 すると小十郎が状況を理解したと感じた政宗はにぃと口角を 上げ笑ってみせた。小十郎。そう政宗に呼ばれた小十郎は声の方へ視線を移す。 「と、いう訳だ。こいつを頼むぜ。小十郎」 「はい。は?頼むとは・・・」 「俺様、昨日食べたご飯が美味しかったんで旦那んちにお世話になろうかと」 「は?」 「俺は所用があってな。こいつがうちチョロチョロされると面倒なんだ。だからお前のところに置かせろ」 「ものかよ。俺様」 「物で充分だろ、家でゴロゴロしてるだけのくせに」 「ちゃんと家事とかしてんじゃん。ま!そういう訳だわ。よろしくね片倉の旦那」 じゃあ、はい。と佐助は急に掌を小十郎の前に出した。何だこれはと佐助のそれを眺めていると彼は鍵、と言い ながら突き出しているほうの手を握ったり開いたりと、催促するようににぎにぎ手を動かしている。 小十郎はそれを見ながら、かぎ。と首を傾げてみせる。かぎ、とは鍵の事だろうか。 「鍵無いとお家入れないでしょ。俺様ね。不法侵入とかよっぽどの事が無いとしないの」 だから旦那の家の鍵を俺様に頂戴な。と小十郎が思わず傾げた首と向かい合った状態で同じ方に佐助も首をこく りと傾げる。向きは同じであったが片方は眉間に皺を寄せもう片方はニコニコと笑っている。とても対照的な図 になっている。 首を傾げ笑っている佐助を見ながら小十郎はやはり冗談では無いのかと思う。そして上着の内 ポケットに片手を差し入れキーホルダーを探った。あまりにも佐助が無邪気に、鍵を頂戴と言うものだからつい 渡してやらねばなどどおかしな気持ちになってきたのだ。 そうした小十郎の動作から鍵を渡してくれるのであろうと思った佐助は今朝家を出る前に見せた心底嬉しそうな 顔でまた笑った。あの時はあまり感じなかったがこういう笑顔を満面の笑みと言うのだろうか。普通にしている とそこそこな好青年に見えるがここまで余す事無く笑みを浮かべるとまるで子供のようだ。と小十郎は思った。 「ほらよ。なくしたらぶん殴る」 「わはは。ありがと。これでさ」 これでさ。そう言いながら手渡されたホルダーから外された何にも付いていないただの鍵を大切そうに佐助は握った。 「これでさ。今度は一緒にご飯食べれるし話もできるね。 俺様すんげぇたのしみだ。それにもう締め出されずに済む」 一緒に飯が食える。話ができる。今朝佐助が帰った後に連絡先を聞かなかった事を少しだけ悔やんでいた小十郎は 確かにと思わず同意してしまいそうになった。 『またね。』と言った言葉がよもや実現するなどと思いもしなかったし、まさかそれも数時間後の再会だ。 もしかしたらこれはこれでイイのかもしれないと小十郎は思えた。 「じゃあ。俺様そろそろお家に帰ろうかな。そろそろふたりとも働かなくていいの?」 佐助はよっこらせと立ち上がり笑いながら言う。結構長い事話し込んでたけど大丈夫かい。 すると政宗はそれを聞くと、はっ我に帰ったように時計で時間を確認する。小十郎もそれからほんの一瞬遅れて腕 時計を覗き込んだ。 小十郎が社長室にきてかれこれ1時間くらいだろうか。 それでこそ今日の小十郎は出勤時間が遅いのだ。小十郎は立ち上がり、申し訳ありません。 急ぎの書類がありますのでこれで、と政宗に告げる。 政宗も政宗で仕事を抱えているので軽く手を上げ返事をする。 それを佐助は他人事のようにソファーに座ったまま眺め、大変だねぇと笑う。小十郎はドアノブに手を掛けドアを 押しながら猿飛、と佐助の名を呼んだ。 「え、なぁに」 「和食」 和食。それ一言だけ言うと小十郎は部屋から完全に出て行ってしまった。 たぶん和食を作れという事なのだろう。佐助は思わず、うひひ。とおかしな声を出して笑った。 「これでいいのか」 「いやぁ。旦那には感謝するぜ」 「お前が自分からってのは珍しいからな」 「・・・うん。まぁね。自分でもびっくりだよ」 「小十郎は真っ直ぐだ。俺たちとは違う。それだけは覚えとけよ」 「うん。もうそんなの知ってる」 大切そうに先ほど渡された鍵を握りこみながら佐助はいつもの笑顔のまま少しだけ眉を下げた。 そして政宗に言うわけでもなく こんなんなっちまう自分が嫌いだぜ。まったく学習しねぇの。 と呟きながら鍵をズボンのポケットにしまった。やだなぁ泣けてくる。佐助は政宗の横を通りながら窓際に向った。 ひた、と冷たいガラスに片手をついて、じゃあ帰るね。旦那によろしく。と言った。 「ああ。ちゃんと顔みせにこいよ。じゃねぇとぶっ倒れるぜ」 「ありがと」 窓に触れていた手がスウゥとまるで水に手を浸けるようにガラスをすり抜けていく。そのまま腕、肘、もう片方 の手、と段々と体を窓の向こうにすり抜けさせながら佐助は音を立てずに気づいた頃にはもう社長室のどこにも 姿が見えなくなっていた。 「不器用なくせにな」 ひとりになった政宗は広い室内にポツリと言葉を零した。 今ごろ人の目に姿を映らないようにしながらフワフワと空中を漂いながら小十郎の家に向っているだろう佐助を 思い浮かべながら政宗は苦笑いをした。 つづく 続きです。謎だらけです。単純なラブのつもりだったのに。 政宗様が出張るのは私が政宗様が大好きだから。 2007.11.06 2008.03.14少し修正