「おい。起きろ」 

「・・・・・・。あ?」 

起きろ、と言いながら無遠慮に小十郎はベッドの上で丸くなっている物体に蹴りを入れる。 
しかしそれはいくら蹴られても反応を示さず、最初はそれこそ弱めに蹴っていた小十郎だが元から短気で手も早
いためどんどん蹴りに力が入りだす。 

「起きやがれ」 
「・・・あと5分」 
「ふざけろ」 

大体今何時だと思っていやがる。小十郎はそれこそ始めは単純に蹴りを入れていただけだがそろそろ本気で腹が
立ったのだろう。ベッドの上のそれ、佐助をベッドの向こう側へ落ちるように蹴り転がしたのだ。 
小十郎に蹴られた事によって綺麗に床に転がり落ちた佐助は、ドタっとフローリングに叩きつけられながら
ギャァ。と声を上げる。 打ち所でも悪かったのか佐助は痛い痛い、と言いながら肩や腰を摩っている。そうし
ながらも佐助は漸く顔を上げベッドの端から小十郎を恨めしげに見上げた。 

「もぉ・・・なぁにさ」 
「・・・何だと?それを聞きてぇのはこっちだ。今何時と思ってやがる」 
「え。何時ですっけ?」 
「今は22時過ぎだ」 

するとどうだろう、時間を小十郎が告げた途端、明らかに、しまった。というような顔を佐助はした。 
しかし、後悔したような表情は一瞬だけで直ぐにヘラリと笑い。少しも悪びれた風もなく謝りの言葉を口にした。 

「いやぁあ。ごめんよ。うっかり寝過ごしちまったぜ」 
「うっかりって、まさかてめぇ」 
「あー。ご飯用意はしたから。えーっと5時間くらい?」 

うっかり、うっかり。と頭を掻きながらわざと首を傾げてみせる佐助にうっかりじゃぁねえよと手近なところに
あった枕を投げつけた。しかも、そもそも寝るのは別にいいとしてなぜ小十郎のベッドに寝ているのか、小十郎
はそこが気に入らない。 

「人のベッド使いやがって」 
「いいじゃない別に」 
「これは俺のベッドだ。てめぇに使っていいなんて言ってねぇよ」 
「え。何その口ぶり。じゃあまさかこれから俺様にソファで寝ろと?」 

小十郎は佐助が何を言っているのか意味がよくわからなかった。“俺様がソファで?”勝手に転がり込んできた
くせに何故そんな我侭がいえるのだろうか。 
床に雑魚寝でもこの際この男は文句を言える立場ではないだろうに。しかも自分がベッドを使うとして、この男
は小十郎の事をどう考えているのだろうか。 

「てめぇここで寝る気か」 
「え。そうですけど?」 
「俺は・・・てめぇ俺がソファだとか言うんじゃねぇだろうな・・・」 

すると佐助はさも不思議そうに首を傾げた。その表情があまりにも屈託の無い顔で、その所為で逆に小十郎の方
が何かおかしな事を言っているような錯覚を受ける。 
この手の表情はよくない。小十郎は胸の中で呟いた。佐助と知り合ってまだやっと丸々一日くらいだが、たまに
見せる子供のような笑顔だったり今のような表情だったりと、それでなくともころころと変る佐助の表情の中で
たまに窺える本当の表情のようなものに小十郎は、なんだか佐助が殴ってはいけないもののように思えてくるのだ。 
まぁ本来ならば、だれかれ構わずに殴ること自体がいけな事なのだがそれは小十郎にとってあまり意味のあるこ
とではない。 

その小十郎の思考を知ってか知らずか先ほどと同じような笑顔のままに佐助は恐ろしい事をのたまりだす。 

「え?何を言ってるの旦那。一緒に寝るに決まってんじゃない」 

そう言われた小十郎は咄嗟に佐助が何を言っているのかまったく理解が出来なかった。 
一緒に寝るだと?誰が誰とだと。話の流れ的にこの疑問の答えなど解りきっているのだが小十郎はそれを認めた
くなど無かった。 大の男がふたりで同じベッドに寝るなど、そんなもの気持ちの悪い物以外の何ものでもない。 

「・・・てめぇ、まだ寝ぼけてんのか」 
「え?もう目は覚めてるけど?」 

何か問題でもある?とやはり首を傾げて聞いてくる。よくこんな奴と一緒に暮らせていたな。と小十郎は尊敬す
る政宗のことを更に尊敬の気持ちで思い浮かべた。 もしかすると、佐助は政宗をも一緒に寝ていたのだろうか。
そう考えると何やら小十郎の胸が少しだけ苦しくなったような気がした。これは間違いなく政宗に対する同情の
念である。 

「まさか、政宗様とも・・・・」 
「え?気になる?」 

気になるというか、あまり想像はしたくないのだが小十郎の知っている政宗はそう誰かとしかも特に深い仲でも
ないであろう人間と毎日同じベッドに寝るような人物ではないと思う。 
そう考えながらやはり政宗と佐助が肩を並べて寝ているところがどうしても想像する事が出来なかった。
すると佐助が急に目の前で腹を抱えて大笑いを始める。 

「やべぇ。気色悪いよその図は!なに想像してんだよ!寝ねぇよ竜の旦那とは!
 それに俺の部屋ちゃんとあったもん! 俺様ね一応そういうのちゃんとしてるだよ。
 誰彼構わずベッド拝借したり、一緒に寝たりしません。気持ち悪いでしょうが」 

人の事を節操無しのように思わないでね。これでも理想は高いから。
と笑いながら言うところんとまたベッドの上に横になった。 

「ねぇ旦那は、左側と右側どっちがいい?俺様はどっちかてぇと右かなぁ」 

右か左か、いやそれ以前に佐助が先ほどから当たり前のように述べている事をそのまま解釈すると、他の者と一
緒に寝るのは気持ちが悪いが小十郎とならば同じベッドで寝てもよい。とそう言っているように聞こえてくる。 
どういうことだ、そういうことか。小十郎は佐助を信じられないという目で見る。何をどうしたらこの男は己と
自分が同じベッドに寝ても気持ちが悪くないと思えるのか。容姿的な物を考えると先ほどの政宗と佐助の図の方
がまだ見栄えが若干なりともいい様に思う。 

「・・・目が腐ってんのか」 
「本気ですよ」 

絶対一緒に寝るから。佐助は有無も言わさぬ様子で笑ってみせた。俺様そこらへん我侭だからよろしく。
寝転んだまま小十郎を見上げる佐助の顔は昨夜の飢えている時の表情とも昼間みた表情とも違う物だった。表情
というよりも佐助自信の雰囲気が違うように思う。 笑っているのは変らない。余裕のあるようにみせているの
も変らない。ただそれにほんの少しだけ艶のような色なようなそういった類のものが含まれているようで。 
小十郎は佐助の抱えている枕を剥ぎ取ると取り上げられたそれを目で追っている佐助の顔へ思い切り押し付けた。 

「っぶ!!」 

押し付けたままぐりぐりと何度か腕を動かし、佐助が窒息しそうな勢いで力を込めた。 

これはよくない。裏表の無い顔を向けられるのも宜しくないが、こういった雰囲気も宜しくない。
小十郎は枕の所為で身じろぎながら呻いている佐助を押えつけながら思う。 
男に興味があるわけではないのでそういった色を匂わせられても、どうかなる心配はない。理性とて多少なりと
も自信はあるので流されるような真似もする気も無い。 
だが、と小十郎は思う。苦しいのだろうか段々と抵抗が弱くなる佐助を見下ろし少し力を緩めた。 

だが、そんなことは無いと思っていても先ほどの佐助の表情をいとも簡単にしかも鮮明に思い浮かべる事ができる。 



「旦那ぁー俺様苦しくて死んじまうよ」 
「・・・・死ねばいいだろう」 
「うわ。ひどい」 

くぐもった声がした。する、と枕を押さえている小十郎の腕に白い腕を佐助が伸ばしてくる。 
着替えようとカッターの袖口のボタンを外していたその開いた袖に、つぅと、佐助が腕を差し入れてくる。
するすると小十郎の腕を佐助は撫で上げた。 ひくり、と小十郎の肩が一瞬上がる。佐助は開いているもう片方の
手ですっかり小十郎が手を離している枕を退け近くに放った。佐助は笑っていた。挑発するような目をしている。 

「俺様のこと嫌い?」 
「・・・・・・・・」 
「じゃあ好き?」 
「好きじゃぁねぇな」 
「あれ、こっち即答なんだ」 
「てめぇは。たぶん苦手だ」 
「あらら。俺様はたぶん一目惚れだぜ」 
「・・・・・・」 

「遠目で俺の事見ながらめちゃくちゃ失礼なこと考えてたあんたが凄く気になった。
 だって最初ゴミとか思ったろ? めんどくせぇって気持ち駄々洩れで、でも声かけてくれたのがさ
 元気なかったからあれだったけど本当はめちゃめちゃ大笑いしたかったんだ」 
「・・・・・・・」 


言いながら佐助は眉を情けなさそうに下げ、初めて心読めて得したような気分になった。と言う。
それに小十郎は無言で返した。 本当ならば腕を振り払いたかったのだが、あの夜に思っていたことがこうもまぁ
倒れていた本人にばれていて、今思えば少々薄情な己の考えに流石に反論が出来なかった。 

「でも、その程度でいいんだ。俺達は置いてけぼりだからね」 
「・・・・・・どういう」 
「面倒くさい。とか丁度いいんだよ。だから逆に嬉しかった。そんなつもりじゃぁ無いのにさ」 
「おい」 
「・・・・・・・・・知りたい?なら竜の旦那に聞いてみなよ」 

教えてくれるから、あの人なら。と佐助は言うとこれまでずっと小十郎の腕に触れていた手をのける。
そうしながら先ほどまでの何ともいえない雰囲気をがらりと変えるように、おなか空いたね。と少しだけ大きな
声を出した。 佐助は先ほど枕で佐助を押えつけるときにベッドに膝を付き前のめりになっていた小十郎の下か
らするりと避けて立ち上がる。 

「今日は、あんたが昼間言ってた和食だぜ。口に合えば良いんだけど味噌汁とか」 

言いながら枕を拾い上げ、まだ腑に落ちないといった顔をしている小十郎に渡す。 

「さぁさぁ。俺様準備してるから着替えといでよ」 

佐助は小十郎を置いて寝室を出て行ってしまった。それ小十郎は終始無言見送り完全に佐助の姿が消えて小十郎
は息を深く吐いた。 

何が言いたいというのだ。“俺たちには丁度いい”俺たちとは相手は政宗の事だろうか。 

小十郎は佐助のことは何も知らない。まぁ会って丸々一日ぐらいで何を知る事ができようか。少しだけまた興味
が湧いた。今朝も何だかんだで佐助といるのは悪くないと思った。今もそう思っている己がいるのがわかる。 
もう少し佐助の事を知ったら、彼の言う意味がわかるようになるのだろうか。けれど、佐助は遠まわしにこちら
のことは面倒くさい程度に思っていれくれればよい。と言っているようだった。あまりこちらから近づくなと。 
なんだか一線引かれたようだ。理由はわからぬがその佐助の態度が小十郎を無意味に苛立たせた。

近づいてくるくせに遠ざける。 

そうなれば何となく追ってみたくなるのが生き物の本能なのだろうか。忠告であっただろう佐助の言葉は小十郎
にとっては何かの挑戦にしか聞こえなかったのだ。 


「とりあえず、飯食って一発殴ってやる」 


着替えながらそう呟いた小十郎は、もうあんな不意打ちはくらうものかと、不適に微笑んでみせた。 


程なくして、着替えを済ませた小十郎がリビングに姿を現した。リビングにあるテーブルの上には既に佐助が用
意をしておいた料理が温め並べられておりキッチンでは佐助が炊飯ジャーから茶碗にご飯をよそっている。 
独り身の小十郎としては自分は何もしていないのに家でちゃんとした料理が食べれるというのがとても不思議な
気分になる。 そりゃ過去には飯くらい作ってくれた女もいたが、久しくそういったタイプの者と付き合いがない
し何よりも今仕事が一番楽しいと感じる小十郎にとってはあまり必要ではなかった。 
それに正直なところ、料理自体、作ってもらうよりも自分で作る方が好きな小十郎にとってしたらあまり張り切
ってキッチンに立つ女というのはできれば遠慮したいものだった。 

「今朝も思ったけど、よくこんなに買い込んで腐んないね。独り身なんでしょ?」 
「まぁな」 
「あらぁ。寂しいね旦那も。それこそじゃあよくもまぁここまで買うね」 

なんとなく、佐助に彼女いなくて寂しいのね。と言われ、そんなこと微塵も思っていない小十郎であったが佐助
があまりに哀れむような目で言うのでついつい小十郎は、うるせぇ。とまるで強がっているよな返事を返してし
まう。 どこまでも人を挑発する男だ。
そうしているうちに佐助はふたり分の茶碗を持ってキッチンからいそいそとこちらにくる。ほわりと佐助が動く
のに合わせて綺麗な白い粒から立ち込めた湯気が独特の食欲をそそる香りを乗せ踊っている。 
茶碗がテーブルに載せられると、その上には昼小十郎のリクエスト通りの和食の食卓風景になっていた。 

南瓜とお麩の味噌汁と小鉢代わりに揚げ出汁豆腐とほうれん草の白和えの二品。それにシンプルに大根おろしの
添えられた鯖の塩焼き。 

「簡単なのしか出来なかったよ」 
「充分だろ」 
「へへ。揚げ出汁と白和え何となくかぶってるけど気にしないでね」 

そう言いながらも佐助は、さぁさぁと小十郎を席に着くようにすすめた。小十郎が座わろうとするのを確かめた
佐助は、へへ。と楽しげにしながら小十郎の向いの椅子に腰を下ろす。 
佐助は誰かとこうやってきちんとご飯食べるのが久しぶりなのだと言う。 

「政宗様が一緒に住んでるのだろう」 
「うーん。竜の旦那忙しいし、俺様も結構寝てるし、大体半年寝てたから・・・」 
「そうか」 
「竜の旦那とは一緒に住んでるっているか。んー同じ家で寝起きしてたって言ったほうがいいのかな?」 

佐助は器用に鯖の身を解しながら、俺様はあの人いないとおうちのない人だからね。と笑う。 

「旦那は要するに神様的な位置の人だからさ、色んなことっていうか、戸籍作ってみたり人をちょっと
 騙したり簡単に出来ちゃうけど 俺様はそんな力ないからねー旦那に助けてもらわないとただの
 ホームレスかそこらへんの妖怪みたいなのと変らないんだよ」 

佐助の言葉に小十郎はここで初めて政宗の今の状況と今日聞いた事実の間の矛盾に気付いた。 
人間でないというのなら、それこそ佐助の言うように政宗に戸籍などあるはずもない。だが政宗は戸籍があるど
ころか会社を興し社会的地位までも得ている。 自分がそうであったように政宗が人間でいないなどとそんなこ
と思っている人間なんてきっとひとりとしていないだろう。 

「政宗様は人間を騙してるのか」 
「騙してる、って言ったら言い方悪いけど。んー俺様も詳しく知らないんだけどね。
 たぶん暗示とかの類じゃないの?神通力みたいなので」 

本当に知らないのだろう。佐助は小十郎の顔を見ながら首を傾げ今までそこまで政宗のしている事を疑問に思っ
たことがないのだという。 
それから佐助はおかずを口に入れご飯を口にいれ器用に食べながらも色々な事を小十郎に話して聞かせた。 
すでに数百年の付き合いだという政宗のことを主にし、どんな人と知り合ったかやどんな出来事に遭遇したかな
ど良く回る口で順序良く小十郎に話しをする。 
そうして小十郎はずっと聞き役をしていたが、佐助の話を聞くうちにふとひとつ疑問が湧いた。 

「その知り合ったやつらはどうしているんだ。知り合いがいるならそっちに行けばいいだろうに」 
「・・・・・・どうしてるんだろうね」 
「あぁ?わからねぇのか?」 
「だってねぇ」 

だって、みんな普通の人だから寿命がきちゃったらもう会えないもん。 

佐助は何でもないようにおどけて首を捻りながら言う。こればかりはどうしようもないでしょ?小十郎は何かを
言おうとしたがその何がまるで喉で引っかかってしまったみたいで、言おうとした言葉が声として発せられる事
ができない。 
何を言っていいのかわからなくなってしまったのだ。人間、大体平均で80年近くの人生である。小十郎とてそ
れは例外ではないだろう。 
みなその限られた時間の中で出会い別れて時を過ごしていくのだ。祖父母を亡くしたり不慮の事故で友人を亡く
したり、そういった別れは誰にも起こる事である。もしかしたならば明日死ぬのが自分の周りでなく自分自身や
もしれない。 
しかし、佐助と政宗にはその自分が消えるという事がないのだ。少なくとも今までは。 
この数百年の間、黙々と出会った者をただ見送ってきたのだと思うと小十郎をそれをどう言い表していいかわか
らなかった。 悲しいとか辛いとかは勿論感じるだろうが、それが数百年という途方もない時間の間ずっとそれ
をくり返していたのだとすると。 

「悪い事を聞いた」 
「んー。気にしてないし。こればっかりは仕方のないことだからね」 
「辛いとか思わねぇのか」 
「・・・・・・慣れちゃった?感じ、かな」 

慣れるなんて事があるのだろうか。すっかり箸を止めてしまったしまった小十郎は無意識に表情を歪めた。
それを向かいに座る佐助が気付くと困ったように眉を下げる。 そんな顔しないでよ。佐助は手にしていた茶碗
を置き自分の眉間を触れてみせた。 

「眉間。怖い顔になってるぜ」 
「・・・・・・」 
「んー俺様としては楽しくご飯したかったんだけど。ごめんね。なんか雰囲気壊しちゃって」 
「話を振ったのは俺だろう」 

すっかり困り果てたように佐助が笑う。そこまで気にしないでよ。佐助はカタリと椅子から少し腰を上げる。
テーブルに身を乗り出すようにしながら小十郎の方に手を伸ばし先ほど己自身にしたように指で小十郎の眉間を
撫でた。 

「あまり怖い顔ずっとしてると通りすがりの子供に泣かれるぜ」 
「・・・泣かれねぇよ」 
「うっそ。前さ竜の旦那が部下がすれ違いざまに
 子供に泣かれてたって言ってたけど、あれあんたでしょ?」 

眉間を撫でるように指で押しながら佐助が言うと小十郎の顔が苦虫を噛み潰したようなものになった。どうやら
そういったことが過去に本当にあったようである。 
そんな小十郎を見ながら佐助は声を立てて笑う。小十郎は政宗様も余計な事を、と言いながら己に触れている佐
助の手を軽く振り払った。 

「てめぇは難しい」 

そしてそれだけ言うと小十郎は溜息を吐き止まっていた箸を動かし始める。そんな目の前の男に佐助は苦笑いを
浮かべると元のように腰を下ろし同じように食事を再開した。 
その後からはぽつりぽつりと色んな会話をふたりは交わした。佐助が半年間寝ていたということもありその半年
間の世の中のことを話すだけでも充分に会話が充実する。あんなことが起きた、こんな事をあった。政宗がこん
な事をした。 先ほどは小十郎が聞き役をしていたのが今度は佐助が聞き役のようになり、ふむふむ。と食べな
がら小十郎の話を聞いている。
すると小十郎は思い出したように、あ。と佐助の顔を見た。 

「そう言えば、片思いがどうのと昼間言ってたな」 
「あぁ。あれ?旦那さどんなに好きってアプローチしてもねしつこいから駄目んだよ」 
「・・・・しつこいかどうかは立場上、俺は何とも言えんな」 
「しつこいし、女々しいですよ。政宗様!って言ってやってよ」 

佐助は小十郎の声真似をしながら言う。それが気に入らなかったのか小十郎は眉を寄せた。
あははとその顔を見て佐助が可笑しそうに笑う。 

「そして、俺様も片思いなのですよ」 
「ほぉ」 
「あれ?興味薄い?
 俺様ねちょっと竜の旦那を見習ってさしつこく押してみよう。なんて思ってたりするんですよ」 
「じゃあ。こんなとこにいたら時間の無駄だぜ?」 
「いやいや。旦那もつれないねぇ。さっき告白したばっかじゃない。あんたに」 
「しらんな」 

すまし顔で即座に否定する小十郎に佐助は、えぇ!と不満の声を上げる。さっきあんなにいい雰囲気だったのに
そりゃないぜ。そう言いながら佐助はガクリと大袈裟に肩を落してみせた。 それを小十郎は何処吹く風で気に
せずに箸を動かし佐助が他にも何か言っているのを気にもとめず先に食べ終えてた。 

「ご馳走さん。うまかった」 

手を合わせて言うと食事中は決して付かなかった肘をテーブルに上に上げ頬杖を付いた。 

「ぼさっとしてんな。遅いぜ頓馬が」 
「酷い!トンマって・・・」 

やれやれと言わんばかりに明ら様に呆れた様子で佐助の顔を眺めた。そうされる事でプレッシャーでも感じたの
か佐助は箸を動かすペースを少し速め黙々と乗っているものを食べ始める。 
そんなつもりではないのに。と小十郎は思ったがそのおかげでもう直ぐ食べ終わりそうになっている佐助にまぁ
いいかと。言うのを止める。 
そうやって佐助が食べ終わるまでをただ眺めているうちに最後の一口を口に入れモクモクと顎を動かす佐助に小
十郎は、明日は。と口を開いた。 

「ふ?」 
「明日は俺が作る」 
「あ。うん」 

まだ口に物を入れたままの佐助は軽く返事をし声に出せない分なのか素直に嬉しいと笑みを浮かべる。
その顔を見ながらやっぱりこの顔は駄目だなと今日何度目になるかわからない感想を自分の胸の中で述べる。 
こくんとようやく口の中の物を飲み込んだ佐助は途端に口を開き、美味しいのが食べたいと言った。 

「なんでもいいから旦那の作った美味しいのが食べたい!」 
「美味いのってお前・・・もっとマシな言い方は無いのか」 
「ほんと何でもいいよ!楽しみだなぁ。あ!でも愛情は込めてね!」 
「そうか。なら出てけ」 
「うん。“そうか”を使った意味ないね。出てかない。ごめんなさいふざけました」 

佐助がニコニコとしながら喋るのに合わせ小十郎もさり気に酷い事を言いながら少しだけ表情を緩める。 
笑うと少し優しそうに見えるのにね。怖い顔には変わりないし言ってる事も酷いけどと佐助は己は心の声が聞け
るが小十郎にはそれが出来ないのをわかった上でそう心の中で呟いた。 
小十郎も小十郎で佐助が心が読めるのを意識してかどうなのか、一言多い阿呆だな。
と声に出してしまいそうな勢いで思った。 

「・・・・・・・・・一言多くて悪かったね」 
「悪いと思うなら気を付けやがれ」 
「以後気をつけますよ。覚えてたらね」 

佐助は何だか負けた気がする。と小声で呟きながら席をたちふたり分の食器をさげ始めた。 

「片付けくらいするぞ?」 
「あぁーいいのいいの。用事させてよ。居候するんだからこれから」 

そう言いながら食器を下げテーブル拭き片付けあっという間にしてしまった。
用事は別に苦じゃないよ。良妻でしょ。とわざとらしく、くるりとその場を回ってみせた。 それを気持ち悪い
なと素直に小十郎が言うと佐助はそれに対して、酷い!と文句を言いながらもキッチンに入り直ぐに洗物始めてた。 

先ほどまでも暗い雰囲気はすっかりどこかへと消え和やかに食事を終えれた事に小十郎は小さく息を吐きなが
ら安堵した。 佐助はあまり深く己の事を話さない。それこそ過去どんな事があったかなどは時系列的にはきちん
と話しはするが、気持ちの面での話はしない。 しかもあまり口下手のようにも見えないため意図的に言わないよ
うにしているとしか小十郎には見えなかった。小十郎とてそこまで自らの事をぺらぺらと話す方では無いが佐助
のように巧みな話術の中に包んで隠しこんでしまうような事はしない。 

きっと長すぎる生のための何らかの自衛策であろうと小十郎は感じた。 

今の段階ですっかり佐助に心許してしまいかけている己に気付き認めた小十郎は佐助に少なからずの興味を抱いている。 

一度、政宗様からでも猿飛のことを聞いてみるか。 

どこがと言われれば困ってしまうが小十郎にはたまにほんの一瞬だけ佐助が寂しそうな顔をしているように見え
るときがある。 だがそうは言っても出会って一日では何かを解れ言うほうが無理な話だ、でもそう感じてしまう
のは小十郎が政宗の言う様に真っ直ぐだからなのであろう。 

小十郎は佐助の嬉しそうな顔を見てまずいな、と思うように何となく寂しそうに見える表情を佐助がすると釈然
としないような複雑な気持ちになるのだ。 

そして小十郎はもう一度。ああまずいなと今度は佐助の笑顔でなく佐助の事をうっかり考えてしまった己に対して思った。 










つづく 





プロットの段階ではもっとさくっと終わる筈だったのですが。 

あれおかしいな?まだおわらない。 


2007.11.06
2008.03.14少し修正